……読み続けられなかった。
だいぶ努力したんだが。
こないだの谷津矢車がダメだったので、澤田瞳子に期待してたんだけどなー。
2人とも文章が受け入れ難かったですね。1ページに違和感のある表現がいくつも出て来て、
そのたびに立ち止まる。立ち止まってどこがいけないのか考えて、
次のページを読むとまたひっかかって、次のページでもまたひっかかって……
疲れました。
寧楽の京を取り囲む山々は、美しい紅葉に彩られ、一面錦を広げたような
あでやかさであった。
「美しい」「紅葉」「彩られ」「一面錦を広げたような」「あでやかさ」……
しつこいのよ!クリシェすぎる!
これはせいぜい3つくらいで書いて欲しいよ。一文ごとにこういう余計な形容詞が
たっぷりくっついているので食傷する。
たとえていえば、なんにでもマヨネーズがかけてある感じ?
地の文が、ほぼ視点人物である主人公にくっついて書いてあるせいで
要領よく状況が説明が出来ないのよね。全体的にモタモタしている。
大学寮や政治情勢など、書くことはかなりたくさんあるのに、
これを全部14歳の主人公からの視点で書くのは無理がある。
一応三人称ではあるんだけど、基本的に(しかし揺れる)主人公の思考にそって書くから、
話の流れが行ったり来たり行ったり来たり、永遠にする。
もっと神の視点でちゃかちゃか書かないと。
形容詞の多用と視点の低さ、および揺れで話が無駄に長い。
だから600ページにもなるのよ。
奈良時代の話を書いてくれる人は貴重だから何とかしたかったんだけどねえ。
でも話もいまいち面白くなって来ない。
116ページは主人公が大学寮で学び始めてから「あれから2年(3年かも)……」
くらいまでのところだが、登場人物の造型が揺れてると感じる。
6人7人と出てくる少年・青年たちの個性がない。
「それっぽい造型」ってだけで、薄い。
嶋村を見ればいいのか、主人公を見ればいいのか、赤土を見ればいいのか。
まあ主人公は見なきゃダメだろうけど、そのわりに他の人間に寄り道しすぎるんだよなあ。
キャラクターが生きているというよりは説明でしかないのよね。それで寄り道と感じる。
いろいろ調べて書いてあるのは労作だと思うのだが、わたしの歴史感覚と
けっこう合わない……。
藤原清河。さすがに遣唐使として渡唐することになったら、後見人は設けておくだろう。
12歳?の娘を一人で置いていったりはしないだろう。
14歳に育った娘は自分で「暇だから宮廷に出仕しようかしら」とは考えないだろうし、
考えたとしても伝手がなければ無理だろう。
せめて後見人として誰なりとキャラクターで出しておけばよかったのに。
藤原清河の娘で後宮に上がるのならギリわかるが、この歳で事務方女官になれるかねえ。
完全に事務方となるには身分が高い気がする。だからといって名目上の
女官になるには後ろ盾が足りない気がする。「暇だから出仕でもしよう」という
ノリでは無理だと思う。せっかくおじさんおばさんに権力者多いのにね。
主人公の身分で「阿倍さま」って言い方するかね。孝謙上皇様とも言えないだろうが。
呼び名の問題は難しいけどねー。同時代と、歴史用語としての呼び方は違うし。
中臣氏が儒教を敵視している、とされるのもなあ。
日本で儒教が宗教として受け取られたことはなかったと思うんだけど?
それを「仏教はまだしも、儒教は受け入れられない」という風に書かれると違和感が。
中臣氏は神道の家系。潜在的に仏教こそ嫌いだっただろう。
わたしは今まで奴婢について意識を向けたことがなかった。
なので蒙を啓かれた部分はあったが、奴婢が一日一食とか、肉付きが薄いとされている
ところもあるのに、主人公に比べて体格の良さを書いてあるところもあり。
どっちやねん!といいたくなる。
奴婢は人間扱いされてないとか書いてあるのに、
赤土はどうやって毎日紀寺を抜け出して大学寮に潜り込んでいるんだ?しかも何時間も。
なにかにつけ納得感が薄いんだよなあ。話に無理を感じる。
もしかしたらこの後から血沸き肉躍る、面白い話になるかもしれないけれども、
……でも600ページの116ページで面白くないんだから、止めてもいいよね?
いずれにしろ話の雑然ぶりと、文章の受け入れにくさはいかんともしがたい。
この人はこれがデビュー作だそうで、ここから上手くなったりする可能性もあるが、
もう1冊付き合うかどうするか、……まあ止めとこうか。
近作ならなんとかと思ったが、あまり食指が動くあらすじがなかった。
「若冲」はちらっと読みたくはあったんだけど、ここから4年後の作品……
まあ止めておこう。他に読む本は数多くあるのだし。
わたしは縁なき衆生ということで。

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