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◇ 吉田ひろお「評伝中原中也」

著者「ひろお」は難漢字すぎるので平仮名。

読み終わって少し時間が経ってしまったから内容をけっこう忘れたが、
いい評伝だったように思う。何しろ秋山駿の「知れざる炎 評伝中原中也」が……
同じ講談社学術文庫の刊行済リストで並んでいたので、読み比べようと思って
2冊とも借りたのよ。そしたら秋山駿の方はあまりに文学的すぎて……すぐ挫折した。

それに対して、ひろおの方はごくごく真っ当な、経歴を軸にした評伝で
大変読みやすうございました。やっぱり評伝はねー。経歴を軸にしたものを読みたいよねー。
いくら文学者だからって、作品だけに立脚したものはあまりにも素人には読みにくく。
そういうものは文学畑の人に任せます。

中原中也は若い頃に大好きだったから、だいたいのディテイルは知っているつもりでいたのよ。
でもよく考えてみれば、わたしが若かった頃は相当に昔だし、内容はほぼ忘れている。
時間がなくなっているなかこれを読み始めて、飛行機の中でも読み続けて、
湯田温泉に行って、次の場所に移ったあたりでようやく読み終わった。

そうですね。中也も家中の期待を背負った子どもだったんですね。
これは今回の今一人の焦点人物、森鴎外の立場と被る。森鴎外はその期待に応えた。
ある意味で応えすぎたといってもいい。

中也は……世俗的には応えられなかったというべきかもしれない。
実家はけっこう中也の存在に苦慮している。中也が生きた当時の、狭い町の名士の息子。
それがふらふらしてたら体面的には困るでしょう。

普段は東京にいるからいいけど、まあまあ頻繁に実家に帰って来る。
父が死んでも親の援助を受ける。長男がこれでは、母は困っただろう。
実際父の葬儀の時、母は中也の長髪を嫌って帰郷させなかった。

著者は長谷川泰子との関係をこんな風に言っている。

〇同棲は職を失った泰子に、単なる知りあいだった中也がオファーしたものだったが、
単なる同居からすぐに肉体関係になった。

〇生活能力のない泰子の面倒を中也はよく見た。

〇泰子に自作の詩を読ませ、読書を勧めている。期待していたのは「恋愛」ではなく
「読者」「家族」だった。

〇泰子にとって中原との性的関係は不本意であり惨めなものだった。
衣食住の対価としての性。見てくれは恋愛関係だけど(そして中也の意識ではそうだった
かもしれないけれど)、本質はお妾さんだったかも。

著者は嫉妬する中也の姿も写しているが、それさえ恋愛の嫉妬ではなく、
子どもが親に置き去りにされるような不安がベースになっていると言っている。
実際、小林のもとへ去った泰子にも寄り添っている。本人がどう思ったかは別として。

今まで、泰子との関係は普通に恋愛だと思っていた。
結局、中也の人生を左右したのは「家族」――
人間の基礎に家族の存在がどれほど大きいか、と思うよね。

わたしは、家族(家庭環境)が人生の全てを決めるとは思いたくない。
思いたくないが、――やはりそうなのではないかという疑いが消えない。
良い家庭に生まれても、期待の大きさにつぶされることもある。
過酷な世間を生き抜く人生の体力がつかない場合もある。
貧しい家庭や毒親育ちの場合、それをばねや反面教師にすることで、
力強く人生を生きていく可能性もある。反面、そのマイナスに囚われてしまうこともあり得る。

たった一つの要因が人生を決めるなんて理不尽なことは存在しないのだといいたい。
だがとてつもなく大きな要因であることは間違いない。
そして悪意がなくても、あるいはほんのちょっとした悪意、または善意や愛情、
それにあふれすぎること――どんな場合もマイナスに働くことがある。
そう考えると、家族というのは客観的には恐ろしい存在です。

人の人生をめちゃくちゃにする場合がある。それは、家族がいなければ
独り立ちするまで生き抜けないことに対して受け入れるべきリスクなのか。

中也は若く死んだ。この人が長生きしたら、今のような立場にいただろうか。
――いなかった、かもしれない。「夭折した詩人」そのもののイメージが、
その青春の詩と相まって心に響く。そういったタイプの詩人であるように思う。
若くして亡くなった詩人を惜しんで、死後、その周辺の文学人が後押しをした
こともあるだろう。

円熟した詩境を見せる中原中也の姿は想像できない。
だがもしかしたら、20代で作った詩の行き場のない危うさとは違う、
繊細でほの明るい、格調高い詩をいくつかは書いたりもしただろうか。

 

これが私の故里だ
さやかに風も吹いてゐる

どこにでもありそうな井上公園。中也の詩碑はそこにあった。

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