うーん……。予告が能天気なコメディだったのでそういう作品だろうと思って行った。
だが途中、中途半端にシリアス?部分があり……
予告通りの作品で良かったのになあ。尺も1時間40分と短いんだから。
多大な期待はしていなかったし、単に面白おかしく作ってくれればそれで良かったのに。
作りが甘いと思う。
前半はだいたい予告編どおりなんだが。ここをもっと丁寧にエピソードを積み重ね、
最後「ハンコックは本当のスーパーヒーローになりました。ちゃんちゃん」と
終わる話で良かったのにね。
なんで後半、全然別の話になってしまうのかなあ。
ミステリならばどんでんがあってもいい。でもそれ以外のジャンルの安易などんでんは、
単にエピソードを思いつけなかった脚本家の無能なのではないかと思ってしまう。
(例は思いつかないけどね。どんでんをして成功した例も失敗した例も。)
観客が期待する話の方向性というものがあるじゃないですか。その軸から離れるならば、
よほど上手くやらないと。裏切りだと感じてしまうよ。
だいたい設定が甘いだろう。
以下ネタバレ。
襲撃された後、ほとんど死んでいるハンコックとメアリ。
その時ハンコックが超人的な力を振り絞って立ち上がり、メアリとの距離を離していく。
……しかしほんの数キロ離れただけで、メアリの停止した心臓が再び動き出すほど
「物理的な距離」に速効性があるのなら、逆に言えば、ほんとにすぐそばにいないと
普通の人間にはならないんじゃないか?
ということは、ハンコックが撃たれた時、メアリがそばにいたわけじゃないのに
不死身じゃなくなっているのがおかしい。同じ店内にいた、くらいの近さじゃないと。
メアリが自宅にいて、弾丸が貫通するほど影響を受けているっておかしくない?
だって正体がわかる前から、彼らはずっと同じロスアンジェルスに住んでたんだよ?
それよりもっとおかしいのは、近くにいたら普通の人間になるのに、
ハンコックとメアリがあれほどのバトルを平気で繰り広げている矛盾……
距離と接触時間の累積で能力が無くなっていくとかいう設定なら、
だんだん能力が落ちていく過程も書かなきゃだめだよな。
この作品の脚本家は無能。
でも本当はそもそも種族としてあり得ない。
「恋に落ちた男女が普通の人間になってしまう」のであれば、
その種族内では、とてつもなく無力な存在になってしまうわけだよね。
生殖時期の雌雄がそれほど無力化されてしまうというのは、生物進化的に無理が。
こういう設定は思いつきじゃなくて、がっつり固めた上で適用して欲しいよなあ。
それから、画面構成もいまいち……
ウィル・スミス。どっちかいうと好きなんだけど(だからこそ今回も見に行ったんだけど)
前半のむさくるしいヴァージョンの顔のアップには耐えられなかった……
ちょっとアップが多すぎたさー。アップを多用するような話じゃなかったよね。
アップを多用するのは、内面表出が必要なストーリー&顔面演技がたくみな役者という場合。
どっちも違うでしょう。この作品は。
メアリーはアップに耐えられる女優さんだけど、あまりにも多用されすぎて散漫だった。
飛行シーンや落下シーンなんかも、「ダークナイト」「香港ポリスストーリー」
「スパイダーマン(予告篇)」と比べたら相当お粗末。
だから、コメディならば最初から最後までコメディで良かったんだってば!
だったら、冒頭シーンの飛行シーンのちゃちさも味になったかもしれない。
……もしかしてこの作品、途中で方針変更とかどっかの横やりとか、テコ入れが入った?
そう思いたくなるほどかなり適当な映画。わたしもそれほど作りこまれた映画を期待した
わけじゃなかったけど、力抜いて作るならオーソドックスにまとめるべき。
パンフレットを買ってくる気にはならなかった。
「メン・イン・ブラック」並みの能天気で楽しい作品を見たかったのだが。残念だ。

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