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◇ 佐藤賢一「傭兵ピエール」(ただし221pまで)

いやー……びっくりした。あり得ない本だと思うんですけど、これ。

一行目から「……は?」と思わせる本には初めて出会ったなあ。

  夜の闇に女の悲鳴が轟いた。男たちはすさんでいた。
  どうやら小降りになったらしい。鎧戸をうるさく叩い
  た雨音が、今は遠くなっていた。かわって耳についたの
  が、長く尾を引く悲鳴なのだった。耳を澄ませば、すす
  り泣きの声だって、きっと聞こえるはずだった。

「男たちはすさんでいた」……。「男たちはすさんでいた」……。ものすごい放り出し方だ。
いや、この書き方もね、短編で字数が限られている場合なら、有りかもしれない。
しかしそれなら、次に続くべきなのは畳み掛けるような荒んだ情景の描写だと思うんだよねー。
なのに長閑な「雨音」を持って来る。で、すさんだ男たちについては、ずいぶん経ってから中途半端に描写されるが、
この「男たちはすさんでいた」という文章との間に当然あるべき繋がりは、全く感じられない。
試しにこの一文を取り除いて読んでみて欲しい。その方が絶対にまともだから。

ずっと前に読んだ本に書いてあった内容で、「なるほど」と思ったことがある。
(遠い記憶なので、内容の精度はそれほどない。かなり恣意的要約。)

  「美しい花が咲いている」と書くべきではない。
  その花がどんな花かを描写し、そこから読み手が「美しさ」を
  読み取れるように書くのが表現である。

まあ、もちろんこれも時と場合によりますけどね。普段はわたしもこんなこと意識していない。
でも「男たちはすさんでいた」という文の放り出し方があまりにも(悪い意味で)豪快で、
ふと思い出した次第。

ずぱっと放り出す書き方はたしかに存在する。でもそれは上手い人が、じっくり表現を考えた上で、
他の部分と合わせて、初めて成功するものであって……
放り出すとこばっかり取り入れてもしょうがないのに。

細かいことを言うなら、「悲鳴が轟く」というのもなあ……。
この冒頭シーン、どういう内容かというと、主人公である傭兵隊長ピエールが、宿屋の一室で
一人「寝台の上に寝ころんで」、遠いところで部下たちが掠奪や強姦をしている物音を
聞いている、というシチュエーションなわけですよ。(こう書くと、シチュエーションとしては
魅力的なのになー……)
そこで、悲鳴が「轟く」かねー。せいぜい「響く」くらいにしかならないんじゃないかねー……。

読んでいる間中、ずっと「なんだこれはなんだこれはなんだこれは」が頭の中で回っていた。
最初の数ページだけで、何度読むのを中断したかわからない。
文章があまりにも疑問で、なかなか読み進められなかった。まるで道なき道を進むようなしんどさ。

一文一文の繋がり、とか、段落ごとの繋がり、とか、構成はどうなってるの?
この文の主語は何?どうして視点がそうぽんぽん移動するの?
一体この「実際」はどこから繋がってくる「実際」なわけ?
どうしてここに接続詞がないの?どうしてここで、その接続詞なの?
どうして「まさに」が半ページ(正確には13行だった)に3回も出て来るの?
躓きどころが、これでもか!とばかりに出て来る。わざとやっているのかと思うほど。

1.わたしの好みに合わない
2.絶対とは言い切れないけど、変だと思う
3.絶対変

……この3段階を、たとえば青、黄、赤と、読みながら色分けして行ったら、
半分以上色を塗ることになりそうだ。文章として、ほとんど全てにわたって疑問なので、
ほんと読めない。一応最後まで読みきるべく、かなり努力したつもりなのだが、
どうしても駄目だった。むなしくなってきてなー。「なんでこんなん読まなきゃならん?」と。

※※※※※※※※※※※※

あのですね。ものすごく疑問なんです、わたし。単行本22ページ。

  馬係の責任者は、大男のアンリである。身長は六ピエ
  (一ピエは約三十センチ)に届き、地べたに座ってなお
  小柄な女ほどの背があった。

……ってことは、まず大男といっても180センチ前後なわけでしょう?
180センチが大男と感じるかどうかは、多分に個人的な感覚によるものだろうから、
そこは不問として良い。個人的には180くらいだと、特記するほどの大男だとは感じないけれどもね。
でもまあ、肉付きが良ければ、だいぶ迫力はあるだろうし。

しかしね。180センチの男が、地べたに座って、小柄な女の背丈になるか?
自分をサンプルとして実際に計ってみた。わたしはかなり胴長な人間で、座高が高い。
その比率を180に当てはめると……座高は、それでもせいぜいがとこ1メートル。

1メートルの女って、小柄じゃなくて、小人では?

どうして。どうしてわざわざ、こんな不用意な書き方をするのか。
この表現を使うのなら、それは小人の女への言及か、あり得ないほど胴長な人間を
書き表すものだろう。大男ではなく。
わたしとしては、「あーっ!もう!」と髪をかきむしりたくなるほど疑問だ。
書いていて、自分で疑問を感じないのか、佐藤賢一?

この人、自分の書いたものを全く読み返さない人なんだと思う。
そうじゃなかったら到底納得出来ない。なんであんな文章を書いて平気なんだ。
(それなのに、変に凝った表現を使いたがるから、さらにうんざりさせられる。)
推論を重ねれば、この人は知識本は読んだのだろうけど、ちゃんとした小説は
ほとんど読んでこなかった人であろう。それなりに読んで来たのなら、もそっとこう……
まともになっていると思うので。

内容については、もう、いい。
ジャンヌが5歳児並であろうと、ピエールのキャラクターが揺らいでいようと、
登場人物が無駄に多かろうと。(あ、これは最後まで読んでないわたしが言えることじゃありませんね)
とにかくあの文章の前には全て些細な欠点である。どうでもいい。
とはいえ、内容について改めて考え始めれば、また髪をかきむしらねばならないのだろうが、
そこまでつきあいたくはない。世の中にはもっと読んで楽しい本がいくらでもあることだし。

それにしても、これが直木賞作家か……。愕然とさせられる。
直木賞も芥川賞も、わたしとしては「客寄せ」の一環という認識で、賞を取ったからといって
自分が読んで面白いだろうとは思わないんだけど、でも今までは一応、小説の主流派が
取る賞だという信頼はあったんだけどなー。ある一定の水準は当然保っているんだろうと。
その認識が思いっきり崩れた。今後は「ナオキ賞」扱いだな、こりゃ。

それにしても……。いつの間にか、世の中はここまで来ていたのか。ショックだ……

……ま、なんというかね。
これは結局、単に長いだけのラノベだね。ということは、仕方ないのか。わたしは元々ラノベ嫌いだしなー。
読む前は、多少癖はあれども重厚な歴史物だと信じきっていたから、その分、反発も大きかったのかもしれない。
読み手と書き手、双方にとって「不幸な出会い」だった。

「君と俺とは、すごく遠いところで生きていくのがお互いにとっての幸せさ」
……もう二度とこの人の作品は読むことはないだろう。
お元気でがんばって下さい。わたしからは出来る限り遠いところで。
  

コメント

  1. どるしねあ より:

    Unknown
    おひさしぶりです。

    相変わらずのバッサリ書評とても楽しいですw

    私もこの本のラ・ピュセル奪還のやり方とか

    かなーり納得いきませんでした。

    文章で、たまにつっかえるとこがあるなあと思って読んでましたが

    umekoさんのように気がつくことは出来ませんでした、さすがです。

    私も、もっと精進です。

    これからも楽しみにしています!

  2. umeko より:

    Unknown
    お久しぶりですm(__)m。

    やー、こういうのを読んだら、好きな人にとってはさぞご不快だろうが、

    ……でもやっぱりダメなもんはダメなんですっ!

    正直言って、ダメダメダメダメ、というレベルでしょう。

    (やはりコメント欄だと、さらに遠慮がなくなるなあ。)

    他にも言いたいことは山ほどあるんですよー。

    朋輩同士のラフな会話で、突然「しかして」と出てきたのは、

    やっぱりこれも「は?」だった。

    何でここで「しかして」か?普段のあんた(←ピエール(^_^;))の

    作品中の喋り方は、非常にラフなものではないか。

    佐藤賢一、文語的な言い回しを使ってみたかったの?

    病原菌の塊の鼠、という表現もひっかかったなあ。

    病原菌という言葉を堂々と使えるようになるのは19世紀ですよ。

    こういう部分まで目くじら立てるのもどうかとは思うんだけど、

    いやしくも歴史物を書く立場なら、この辺少しは気にしてくれよー。

    というより、書いてたら普通に気になる部分だと思うんだけどなー。

    フランス人同士で会話をしていて、どうして「メルシー・ボークー」だけが

    カタカナフランス語として登場するのか。

    これが外国人とピエールの会話、とかいうのなら

    カタカナフランス語にも意味があると思うが、

    この場合、佐藤賢一がとりあえず知ってるフランス語を

    書いてかっこつけてみました、としか思えん。

    「メルシー・ボークー」などと書いた途端に安っぽくなる。

    たしかピエールが敵の騎士を川に沈めるシーンがあるけど、

    あの行為の必然性は何?

    生かしておけば、相当の身代金が取れるんだよ。

    それなのに、あんな軽い口喧嘩の結果として殺しちゃうわけ?

    そんなん、損得に敏感たるべき傭兵隊長としてはあり得ない。

     

    具体的にどのシーンか忘れたけど、何だかの会議の席で、

    ジャンヌに対する揶揄が場を支配したのにもかかわらず、

    大勢がジャンヌ支持で決着する流れはおかしいと思った。

    つーか、あの作品ではジャンヌが卑小すぎて、

    フランス軍が彼女に従う理由がどうしてもわからん。

    わたしだったら、あんな女に軍を指揮させるのはイヤだなあ。

    とりあえず宗教的カリスマの部分は抜け落ちてはいけないと思うんだけど、

    その辺りはごっそりないし。

    ……とか書き連ねていると際限がないので止めます。

    わたしは何しろ221pまでしか読んでないので、ラ・ピュセルの奪還まで辿り着いてないと思うのですが、

    読んだとしたら、多分「は?」がまた増えたことでしょう。

    どーせまたジャンヌが5歳児並みのふるまいをして、

    ピエールが手を焼く、というパターンでしょー。

    ……umekoさんと呼びかけられて、自分のHNの由来をふと思い出し、

    何とも言い難い気分になりました。

    「(実生活上は無理としても)せめてネット上くらいは穏やかな人格で」

    と考えてわざわざurarakaとつけたのに、

    ……やはり無理は続かないというか、文は人なりというか、

    結局毒舌派なのね、わたし(^_^;)。

  3. Unknown より:

    Unknown
    死ねカス