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◇ カズオ・イシグロ「浮世の画家」

カズオ・イシグロの最初期に位置する作品。
読む前は、彼にとって日本を定義づける作品だと勝手に決めていたのだが、
どうもそういうものではなさそうだ。

また何だか奥歯に物が挟まったような書き方を……と思いながら読み進む。
一人称なんだけれども、言葉のはしばしに「……はい?」というような意味ありげーな
言葉が挿入される。いや、だからそこをもうちょっと詳しく喋らんかい!

これは「信頼出来ない語り手」と名付けられ、カズオ・イシグロを代表的な作家として
他に何人かの作家が使う技法らしいが……
でも「信頼出来ない語り手」というと、そこには作為のイメージが強くありすぎないか。
もっと微妙な方法で語っている気がする。

虚実皮膜の間の小説。というのが一番近いのではないか。
最初は、カズオ・イシグロが厳密に公平に書こうとした結果だろうと思ったんだよ。
語り手は、どうやら戦争中に大勢に従った行動をしたことで、非難・忌避されている人物のようだ。
(でも具体的に何をしたか、ほんとにほんとにうっすらとしか書かれないの!!)
だが、何しろ一人称だし、その後悔や葛藤をテーマとするんだろうなと思いきや。
多分……葛藤……してる……よね?
程度にしか書かれていない。本人の無意識の自己弁護。人間はそういう弱い生き物なのである。

そして、その行間を読み取るのが読み手の責務だと言われれば一言もないが、
いや、ちょっとワタシには高度すぎます。もう少しはっきり書いてもらった方が安心です。

とはいえ、(読み込めないなりに)凄さも十分感じる作家である。
この繊細な書きぶりは……しかし、これ翻訳なので、この部分のテガラは訳者にも
あるんだよね。そして、あまりにも微妙、繊細な内容なので、訳者の読み方一つで
相当に内容が変わってしまいそうな気がする。
今回の訳者の読み方は、多少疑問を感じる。根拠はないんだけど。

読んでいる間、“スフマート技法”という言葉が頭に浮かんでいた。
ダ・ヴィンチが使用した、輪郭線を用いない絵画技法。
丹念に色を塗り重ねて行くことで描き出す。

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)
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この本の原題は「An artist of the Floating World」。
数日前、たまたまワタシの大嫌いな建築家である原広司の本の英文タイトルを
目にする機会があって、それが「Hiroshi Hara: The Floating World of Architecture 」。
……影響受けてる?かね?

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