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◇ カズオ・イシグロ「日の名残り」

「わたしを離さないで」に続いて、カズオ・イシグロ2作目。
が、これはまたけっこう毛色が違いますな。
それぞれの作品の毛色が違うのは、彼の特徴らしいが。

「わたしを離さないで」はSFのような設定の純粋小説だった。
――単に純粋小説と言いたいだけで書いてみたのだが、多分一般的な使い方とは意味が違っている。
わたしとしては、要はジャンル小説の対義語として使いたかった。ジャンル小説の対義語は、
一般的には純文学?……でも、わたしの純文学の定義は“自分のために書いた小説”だしなあ。

「わたしを離さないで」は、別に自分のために書いた小説ではないと思う。
総合的な小説。――という言い方だとサッパリ食指が動かなくなるな。
人生の多くを含んだ、うーん、やっぱり純粋小説。

だが、それに対して本作はなんだかずいぶん小さい話。
アマゾンでは、「失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ
英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作」と紹介をされているが、
なんかそういう感じがしない。失われつつある伝統的な英国を書いているのは確かだけれど、
だからといって作者が書きたかったのは、そこなのか?という違和感。
ここで書かれているのはもっとずっと個人的な話のような気がする。

カズオ・イシグロは生まれは完全に日本人、育ちはほとんどイギリス人、という人。
そういう人が書くこういう話。……ふむ。
執事、という存在はあまりにもイギリス的だ。もっとも今はほとんど絶滅種属だろうけど。
カズオ・イシグロがわざわざそんな“執事”を取り上げたということは――これは、挑戦かな。
自分の中のイギリス人的なるものをもって、書けるかどうか試してみた。
そういうことではないのか。

イギリス人はどう読んだんでしょう、この話。
ブッカー賞受賞ですでに表れている、――とは思えない。
多分ブッカー賞なんてイギリス人の誰でもが読んでいるのんと違う気がするし……
おそらく日本における芥川賞の立ち位置と似たようなもんでしょう。
それに、わたしが思うにイギリス人は、フェアだと思われようとするあまり、
少数派への対応がけっこう甘くなるのではないかと思うところもある。
ブッカー賞受賞はそこらへんも含めて。そういうこともあり得るかな。

というようなことは、ほんとは小説を楽しむ上では無意味な気の回し方。
読者は単に読めばいい。その上で好きか嫌いか。それだけの話。

イギリスびいきのわたしはこの小説はずいぶん楽しかったです。
映画や小説では、ヴィクトリアン辺りはずいぶん取り上げられるけど、
第二次世界大戦前夜はあんまりないでしょ。
ロマンティックには描ききれなくなった時代を、でも穏やかに着実に書いているよね。

……それだけ、かなあ。わたしとしては。読んで楽しいけど感動まではしない。
つーか、いくらなんでも朴念仁にもほどがあるでしょう、ミスター・スティーブンス。
典型的な執事っていう以前に、単にコミュニケーション能力に欠陥がある人ですよね。
これはちょっと誇張しすぎ……。

この誇張の方向が、わたしとしては多少違和感があるかな。
ギャグを練習しようとする執事の姿にしてもそうだ。ほとんどマンガだ――ここまではしない。
ここまで書くにしても、こんなにマンガではなく、もっとビターな自嘲的な書き方に
なるべきなのではないだろうか。
イギリス人の自虐ネタ、というにはシビアさが足りない気がする。
つまり自虐にはなっていないということなのか。

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