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◇ジェフリー・フォード「白い果実」

ありがとう、金原瑞人!

金原瑞人がこういう反則スレスレの離れ業を思いついてくれなければ、
我々はこの小説を読めなかったんですよ!
……というのは何の話かというと、訳者の話。この作品には訳者として山尾悠子が携わっている。

あとがきによれば、こういう経緯らしいです。
「金原瑞人の翻訳の弟子である谷垣暁美が金原に原書の存在をまず知らせ、
彼も大変興味を持った。だが、この本の魅力を十全に表現するためには、金原・谷垣の
翻訳では不足があると金原が判断した。そこで、金原・谷崎が基本の翻訳行い、
最終的に山尾悠子が文体を整え、作品として世に出した」。
なので、山尾悠子・金原瑞人・谷崎暁美の三人訳になっています。

なるほど、そういうわけで山尾悠子が訳者か。彼女が外国語に強いという
イメージがなかったので意外に思っていた。
そして、これが実現出来たのは金原瑞人と山尾悠子が旧知の仲だったことも大きい。
だって普通出来ませんよ。文体調整なんて役割は。
誰が誰に対して失礼なのか、気兼ねするのかは錯綜していそうだが、
すんなり話が進む仕事だとは思えない。そんな話を国書刊行会へ持って行って、
話をつけてしまった金原瑞人、えらい!国書刊行会、万歳!

白い果実
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というわけで堪能させていただきました。
最初はSFなのか幻想になるのかはっきりせず、ちょっと不安に思いながら読み始めた。
しかし、うーん、やはり山尾悠子はいい。あの生真面目で内省的、精密な低音の呟きが
心地よく架空世界へ誘う。作られた世界の。架空の王国の。その力を、その魔法を、
感じることが出来るのは久しぶり。

共感出来ない主人公の一人称というのは、画期的とまでは言えなくとも、
なかなか珍しい方法じゃないかね?
前半部、主人公であり語り手である一級観相官クレイは実に厭な奴です。
この作品世界では観相学(人相学のごときもの)が学問として確立しており、
あまつさえ実効力、強制力まで持ってしまっている。
早い話、観相学の権威であるクレイは、他人の人相を見、あるいは計測して数値を出すことで
その人の資質、趣味嗜好、行動を判断出来、事件に当たってはそれを根拠として告発も出来るのだ。

そしてこの世界は冷酷無情な絶対的独裁者ビロウによって構築されている。
物語の前半で、クレイはビロウの腹心。権力の袖の影にいることで安心している、
利巧だが高慢で冷酷(そして本人は無自覚だが)卑怯な男。
だが、“白い果実”盗難事件を捜査するために派遣された僻地で
彼は美しい女と不思議な生き物に遭い、自分では制御できない状況に陥っていく。

……などとあらすじにもならないあらすじを書いても仕方ないのだ。
やはりこの作品は読まなければわからない。あとがきで山尾悠子も言っている。
 

   幻想や異世界構築を扱う小説は何より言葉と文体の力をもって成立するということを、
   改めて意識し直す経験にもなったのではないかと思います。

――(狭い意味での)架空の王国は、その存在を読み手の人生経験に頼れない。
日常生活を舞台にした小説ならば、「高校」「大学」「銀行」「市役所」という単語だけで
書き手と読み手の間に、ある程度共通のイメージを伝えられるが、
この作品に出てくるような「理想形態市(ウェルビルトシティ)」や「属領(テリトリー)」は
それだけでは読み手にはなかなか伝わらない。言葉を駆使して、作品世界を確立していくことが
必要になる。そうやって書き手が丹念に織り上げたものを、読み手は経験ではなく、
想像力で自分のなかに再構築していくのだ。

なんだか大層な言いようになっていますが、相手が山尾悠子ということで、
ついつい昂揚してしまいます。
やはり言葉の力だよなあ。魔法の力。

金原瑞人のあとがきによると、この本は三部作の一で、2作目と3作目が控えているらしい。
……だが大変無念なことに、現時点ですでに2作目と3作目は刊行されており、
その訳者は……山尾悠子じゃ……ない(泣)。
2作目「記憶の書」3作目「緑のヴェール」の文体リライトは貞奴という名の詩人らしい。
まだ読んでないし、これから確実に読むけど、しかしなぜ山尾悠子じゃない(泣)。
やっぱりヤだったのかなー、山尾悠子は。こういう形のオシゴトは。
金原瑞人や国書刊行会側は嫌がらないだろう。1作目と同じスタイルで出したかったに違いない。

だがしかし「記憶の書」以降を蹴っ飛ばしたことによって、山尾悠子には
別な収穫があったのだと思いたい。それがこれ。

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コノヒト超絶遅筆なので、「記憶の書」に携わっていたら、自分の作品なんか
書けなかったに違いない。今年の2月の発行ほやほや。
なら、まあ、しょうがないか。(と思って自分を納得させることにしよう。)

「白い果実」を手にとったのは、もちろん訳者の山尾悠子が最大の理由だが、
この本の表紙の絵もいいですよね。
「ウォーリーをさがせ!」と比較することは、なんとなく申し訳ない気分になるけれども、
小さい人たちがうじゃうじゃといたりするので、連想はそちらに向かう。
わたしはこういうテーマの絵が好き。ここではないどこかの絵。
絵の中の人たちがその中を歩き回っている絵。
水墨画やキリコの町の絵や、町の鳥瞰図なんかに惹かれる。
松崎滋の「Babelic Place Ⅱ」だそうです。

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