水村美苗は基本的に「私小説」を書く。
今作の話は、母と娘たちの葛藤、介護問題、夫の浮気、そこからの離婚と経済問題。
まあこう書くととてもドロドロした内容ですが、――ずばり、ドロドロしてます。
そのドロドロした心を、正直に、理性的に、そしてまたスノッブに――書くのがこの人の価値。
文章は湿度低く、知的に展開する。感情を分析し丁寧に説明する。
こんな風に書けるのは価値だと思う。美しいといっていい文章。
だが書いている対象はドロドロでわがままな自分のエゴ。自分と、そして母のエゴ。
この人は良くも悪くもインテリで、そのインテリ臭さは間違いなく鼻につく。
でもインテリがここまで自分をさらけ出して――自分の甘えも、冷酷さも、身勝手さも
書いていく。内側の赤裸々さ、それを外側から冷静に分析する文章。
これが文学というものですか。
――うーん。読み甲斐があった作品だったのでしっかり感想を書きたかったのだが、
どうも書くことがまとまらない。思うことも多々あったのだが。
だが読み終わって2週間ほど経ってしまったのもあって、読んでいる時に思ったことを
忘れてしまっている。感想を書くために図書館から一度借り直しをしたというのに。
母と娘は憎みあうのだろうか。憎まない人もいるだろうけど。
この人は「私小説」(これはタイトル)で母との葛藤をたっぷり書いていて、
親子関係――姉もいるからその姉に対する葛藤もある――の難しさは知っている。
さらに母が書いた自叙伝「高台の家」も読んだから、母が一筋縄ではいかない、
相当癖のある人であることも知っている。
本作はそれを踏まえての、母に対するアンサー作品だろうと勝手に思い込んでいた。
美苗は「高台の家」を読まなかったはずはないと思うが、
これはアンサー作品というわけではないと思った。
母は母、自分は自分。――そう思いたくても断ち切れない執着。
それを書いた、書かざるを得なかった。
だが全体の半分くらいで母が死ぬ。後半は母からの解放と夫との離婚の話になる。
――これはどうだろうなあ。端的に言えば、だいぶ恵まれた、自分にアマイ話になる。
母との葛藤を縷々書き連ねる前半部からもちろん変わってないことなのだが、
この人、社会的・経済的には相当に恵まれた人なんですよね。
今までは夫の収入で(夫は大学教授)それなり(見方によってはかなり)の贅沢もして来た。
夫の収入に比べたらそれほどの稼ぎではないけれども、本人も大学講師で翻訳の仕事もある。
離婚に当たってはもちろん慰謝料がたっぷり入るし、
何よりも母の遺産と、さらに姉が姉の分の遺産(姉は資産家に嫁いでいる)を譲ってくれる。
まあ姉が遺産をくれることになるのは作品の最終盤で、それまではけっこう悩むのだけど、
悩みながらも箱根?の由緒あるホテルに10日ほど静養に出かける――母の死の後、
離婚の結論を出すため――なんて行動をとれること自体が恵まれたこと。
それを読んでて一般読者が鼻白む思いになるのはしょうがない。
「私は愛されなかった」
母のこと、夫のことを思い出して、主人公はそう思うけれども、
――自分より他人を愛せる人なんて基本的にいないでしょう。
でも主人公は夫が結婚を申し込んだ若い頃を思い返して、「この人なら自分自身より
私を愛してくれるはず」と思って結婚したのにと思うんだよね。
なんてお嬢さんなの。お嬢さんのままなの。
ホテルで出会う顔ぶれはなかなか面白いんだけど、
詳細ははぶくが、いろいろと主人公に都合が良すぎる。
だが、今までこの人の長編をずっと読んで来たわたしは、この「自分に甘い」自分を
シニカルに書いている作者の分析を価値があると思い、
初めに戻るが、――これが文学というべきものなのか。
タイトルに「新聞小説」と入っている。そして実際にこれは新聞に連載された。
しかし中身にも実は新聞小説に仕掛けがあり、ここにたくらみがある。
これが吉と出るか凶と出るかは、よくわからない。面白くはあるけど外連味もある。
ストーリーだけを書けば鼻持ちならない部分が多いが、
この小説はストーリーよりも心理を書く小説なので、そこを読んで欲しい気はする。
だが境遇や考え方にまったく共通するもののない場合は――面白みを感じないと思うので、
その時は諦めてください。
エンディングも、結果的に恵まれた人の「めでたしめでたし」なので。
しかし水村美苗が新聞小説を書くなんてなあ。
新聞小説に最も向かない作家であろうと思うのに。

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