赤瀬川さんとの付き合いは長い。もちろん単なる読者としてだけども。
「トマソン」で知ったんだよね。面白いと思った。これが1985年発行。
わたしが知ったのはリアルタイムではなく、もっと時間が経ってからだった。
そこから路上観察学会関連を知って、関連図書をだいぶ読んだ。
藤森照信さんはかなり読んだ。南辛坊も林丈二も松田哲夫も何冊かずつ読んだ。
悪いけど、だいたいは図書館で借りて。
その次に多分「新解さん」が来る。これも面白かった。わたしもだいぶ布教した。
そして1998年に「老人力」。これもけっこう流行ったね。
内容は正確に伝わらず、「老人パワーで若者に負けないようにがんばります!」と
逆の方向の文脈で世間に広がったりはしたけど。
「見方を変える」というコペルニクス的転回の手法で、生涯に複数回世の中に
新たな視点を与えることは、並みの人間にはなかなか出来ない偉業だと思います。
その他、立体視も短い間にだいぶ流行ったが、きっかけは赤瀬川さんだった気がする。
わたしは気づかなかったが、1985年の「宮武外骨」も画期的な目の付け所だと思うし、
あまり一般には広がりはしなかったけど、「施主」関連も面白く読んだ。
そして数々の美術ガイド本。わかっている人が解説する本はいくらでもあるけど、
わかってない(ふりをしている)人が書く本は、構造的になかなか出ないだろう。
振り返ると、偉大な人だった。偉大には全然見えないところも含めて。
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わたしは特にここ十数年くらい、赤瀬川さんを順番にツブしていて。
まあ相当多作の人だったから10割ピックアップしたわけではない。
図書館にある本の、著者名検索で出てくる8割くらいか。
トータルで40冊50冊は読んだだろう――もっとかもしれない――だが、
ここ数年で読む本には不満を覚えていた。内容が薄い。面白くない。
正確にどのあたりの著作からかははっきりしないが、これを書いているから

多分そうなんだろう。
今作は赤瀬川さんの死後の出版。奥さんが後で手帳を整理したところ、
「偶然起こった出来事」を控えているものが多数出て来て、それを一冊にまとめたらしい。
あとがきは奥さん。それによると、
2006年に体調を崩し。
2011年に胃癌発見。
2013年5月に誤嚥性肺炎で入院。
同9月に窒息してしまい、そののち植物状態へ。
改善はしなかったけれども2014年2月退院、自宅看護へ。
そして10月26日死去。
終焉までの経緯はこういうことだったそうだ。
2006年には体調を崩していたのか……。
それ以降に発表された作品も数多い。
「我輩は施主である」の発行が1997年。60歳の時。
わたしは、そこから建築費用を稼ぐために仕事量を増やし、それによって
エッセイの内容が薄くなった側面もあっただろうなあとうがった見方をしていたが、
2006年以降はさらに、本気で稼がなければならない事情もあったのだろう。
胃はもともと弱かった人だ。若い頃に胃を切ってもいる。
これでわたしが読む赤瀬川さんの著書は多分終わり。
もう一冊「現代赤瀬川考」が残っているが。
鎌倉は、昨今観光客が押し寄せているそうなのであまり行こうとは思えず、
今後行くかどうはわからないが、もし行くことがあったら東慶寺にも行くだろう。
お墓は藤森照信設計。その時は花を持って行くだろう。
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