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◇ 水村節子「高台にある家」

人間は一生に一冊、本が書けるという。それは自叙伝。

――という言葉の出典は何か、とうちのgeminiに訊いてみたところ、
萩原浩だと言われたが、もっと前から誰かが言ってましたよね?
出典という出典が出ないほど一般的な文章なのか。

本作は、この言葉の具現化。

 

著者の背景を説明すると、この人は作家である水村美苗の母。
節子はかなり高齢になってから、カルチャースクールのような――という記憶だが、
正確なところではない――文章教室に通って、そこの講師に絶賛され、
めでたく書籍化したという流れらしい。美苗のエッセイを読んでて出て来た話なので、
あまり詳細に記憶はしていない。

実際に読んで、ある意味では面白かった。だが多少疑問を感じるところもあり、
諸手をあげて賞賛するまでにはなれない。

面白かったのはやはり節子のその人生。人生そのものというよりは、
その出生の秘密。いや、節子に出生の秘密はないのか。秘密ではあったか。
父と母の関係性、父方の親戚、母方の親戚がそれはそれは訳ありの人々で、
一般的な人生ではこういう人々にはなかなか出会わないなと思った。

小説としてはここがメインの経糸。そこにほとんど何も知らない主人公(節子)の洞察と
苦悩、少女らしい驕慢と夢を詰め込む。母に対する反感と父への愛憎。
お金持ちの親戚に対する憧憬と、貧乏な親戚に対する軽蔑。
それとは無関係にある親疎。

……なるほど、これを赤裸々にちゃんと書いていることがテガラなんだな。
あんまり赤裸々好きじゃないけど、そこは認めるべき作品の美点。
親や親戚に対する辛辣な視線は自分の人生にもあったから、
今さらそれを直視したくはないんだけども。

この作品は、節子の物心ついた時から、20歳そこそこで世に出て行こうかというところまで。
それまで親に連れられて転々としていた人生を、母を背負って生きて行こうと
ぼんやりと思う、その瞬間まで。
小説家である美苗の母になるだいぶ前までの話で終わる。

わたしが一番興味があったのは、この生い立ちでこんなことを考えていた人が、
美苗の父とどんな結婚をしたのかということだったんだけど、そこまでは書かない。

母になった後の姿は美苗が書いているからという理由もあるかもしれないね。
美苗も決して母と仲のいい親子ではなかったし、母側から言いたいことが
あるのではないかと思ったんだけど。

作品自体は面白いノンフィクションとして、その他に気になったのは――
全体の文章が相当に美苗の影響を受けていること。

美苗にはもっと文学的な志向があっただろうが、節子にもそれなりにちゃんとしたものを
書くという意思はあっただろう。ただ、そこにオリジナリティの追求はあったかどうか。
美苗の世に出た作品を、おそらくは熟読しただろう母。
パクリの意識はないにしても、離れなければならない意識もなかっただろうなあ。
「小説はこういう風に書けばいいんだ」とたった一つの規範にした可能性がある。

これについて美苗が何を言うのか楽しみだわー。「母の遺産」で何をいうのか。
わたしにとっては美苗の最後。これを読んだら終わりだ。
今まで何冊も読んできたけど、この親子とその姉の家族小説――
エッセイというべきだろうが、家族小説な気もする。
それが「母の遺産」で終わる。

節子はこの一冊を残して亡くなった。2冊目はいずれにせよ書けなかったと思う。
一番節子が書きたかったのは、この不可思議とも思える親戚・姻戚関係と、
それについての当時の自分の思いだったのだろうから。
時間が経ったからこそようやく言語化できるようになったんだろう。

……というか、書こうと思わなければここまで詳細には思い出さない。
読んでいて、些事に対する執着に引くような気分もあったが、書くとなれば
思い出すことが多々出て来たのだろう。それはある意味で、降り積もった恨み。

読んで楽しい作品とはいえないが、面白かったし興味深かった。
読んで良かった。

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