ああ、やっとれんわ、全く。
最初に断っておくが、わたしはこの本、内容をほとんど理解出来ていない。
途中で人物相関関係を追う努力を放棄した。
早川書房
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やたらと分厚い本。上巻が670ページ、下巻が630ページ、二段組。
これを楽しくない状態で読み続けるのはなかなかに苦行だった。
舞台はイギリス。わたしはかなりのイギリスびいきなので、舞台がイギリスというだけで、
評価が3割ほど甘くなる傾向がある。そして、出だしは没落した名家の出らしき母と幼い息子。
へー、荘園の相続権をめぐっての話なわけね。数家族が入り乱れて権謀術数の限りを尽くすんだろうなあ。
うんうん、好きだよ、この世界。文章の重厚感も期待を盛り上げる。
期待感を持続させたまま上巻を読み進める。が、200ページにさしかかった辺りでふと気づいてしまった。
……もしかして、この母(メアリー)はアホではないのか?
投資なんてもの、どれだけ慎重になっても慎重になりすぎることはないというのに、
なんでホイホイ投資額を上げているんだろう。しかもほとんど全財産を。
それで破産の憂き目に合っても仕方ないのでは?
そりゃ読者はこの時点で、すでにメアリーが罠にかかっていることを知っているから、
アホに見えてしまうのは仕方がないということも言える。彼女は何だかいう弁護士のことを、
信頼に足る人物だと思っている設定なのだから、その人物に頼って財産管理をするのは
少なくとも不自然な流れではない。
だが、メアリーにとってその何だかさんが、信頼に足る人物だと「設定」されていることは了解出来ても、
信ずるに足る理由をわたしには「納得」させてくれない。
たとえば、何だかさんが彼女を頻繁に訪れて、いかにも親身に相談に乗っている場面なんかを
書いてくれれば、「ああ、メアリーはこんな風に騙されているのね」と納得出来るのに、
メアリーの台詞として、「○○さんは信頼できる方」とか言わせているだけでは、弱い。
この辺りで最初につまづいてしまった。一度「アホなのでは?」と思ってしまうと、
その後ひたすら転落していく母子の人生も、自業自得にしか思えませんわな。
まあ何しろ、全編「思わせぶり」と「謎」と「騙し」で構成される小説。
それがあまりにも錯綜しているので、「実は~だったのか!」とか「これでようやく明らかになった!」
とか書かれても、はいはい、そうかい、としか言いようがない。驚きが全くない。
しかも謎と騙しの数に応じて、この「実は~だったのか!」がやたらと多い。多すぎる。
特に血縁関係で。登場人物のほとんど全てが(脇役は置いておいて)実は意外な血縁関係に!
とかいうのはどうなのよ。
もうやっとれんわ、と言いたくなる所以。
……以下、訳者あとがきに便乗して、文句を言うことにする。
(これって他人の褌で相撲を取るようなものか?)
>この長編の最後の最後まで、謎は複雑に絡まりあって、彼(注:主人公ジョン)を果てしない迷路へと
追い込んでゆくばかりである。
上下巻1300ページもある本の、本文残すところあと6ページでまだ
「なんという意外ななりゆきだろう!」なんて一人称の主人公に言わせているのだ。
作者は謎と謎を複雑に絡まり合わせて、読者も一緒に、そうだったのか!と驚いて欲しいのだろうが、
……そうやって驚くには、あまりにも今まで並べられた「謎」の数が多すぎる。
錯綜する五つの家系の(五輪の薔薇、というくらいですから、関係する家系は五つ。しかも五代にわたって……)、
誰と誰が血縁だって、もうどうでもいいです。
>主人公の命運ここに極まったかと見えるヤマ場や謎が次から次へと出現するのだから。
冒険推理小説が優に五本は書けそうな筋立てである。
……五本の冒険小説に仕立てていた方が良かったのではないかとしみじみ思うよ。
一本の話で、「命運極まった」シチュエーションが次から次へと出てきちゃいけないんだってば!
そんなに何度も命運が極まってたまるものか。これでもか、と繰り返す作者にうんざり。
ストーリーって、緩急があるから面白いんじゃないのか。
急急急急急急急急急と、急が延々と続いてなんとしよう。
訳者もあとがきで触れているが、この話はディケンズとの近似・影響を受けている。
わたしは読んでいる間、「オリバー・ツイストとジェイン・エアとエラリー・クイーン÷3」
だなあと思っていた。(最後のエラリー・クイーンについては、本当はもっとハマるミステリ作家が
いるはずだが、思いつかなかった。)
好きなんだろうなあ、作者は、この時代。このやたらと詳細に描きこまれた当時のイギリスの描写は
偉いと思うよ。わたしは最下層の人々の惨めな暮らしぶりをこれでもか、と書かれるのは
好きじゃないから読んでいて不快だけれども、でもこれだけ調べて書くのはすごく偉い。
が、20世紀の人間が19世紀のことを書くせいか、……どことなく突き放した感触があるような気がする。
訳者はそれを「冷めた視線」と言っている。その視線が、
>この作品をいっぷう変わった味わいの現代の小説に仕立てているようだ。
うーん。それはそうなんだけど。しかしこの辺も気になるところではある。
ま、19世紀のことを書くときは19世紀人になりきって書けと言うつもりはないし、
20世紀人が書くからこその意味もあるんだけど……でもそうしたら、この作品の
「少年の一人称小説」では少々無理があったのでは?と思う。
うん、この作品全体の構成で一番の弱点は多分そこだなー。
主人公ジョンの年齢は作品中、決して明らかにされない。しかし冒頭では、母に手を引かれて
散歩をしているという記述があるし、さらに乳母がそろそろ不要な年齢という台詞もあるので、
7、8歳というのがいいところではないか。
で、そうだとすると……話の主題である「荘園の相続権をめぐる人々の争闘と暗躍」を描くには
ちょっと年齢が足りなさすぎる。それなのにほとんどの部分が彼の一人称小説だから、
7,8歳の子供としてはあり得ないほど描写が細かく(=内面の成熟を感じさせる)、
しかし実際の行動は妙に幼い、といういびつな人物造型になる。
そのせいで、ジョンが何だか非常に年齢不詳な存在になっている。
一番気になったのが、母親への視線。アホな行動をとるアホな母親を10歳程度の子供に
(この時点ではちょっと育っているらしい)そういう複雑な立場で描写させるのは無理があった。
そういうことと関わるのかもしれないけれど、この主人公、自分の考えたことが全く実になっていないのだ。
完全に受身型、運命に翻弄されるだけ。息をつく暇もないほど次々と襲い掛かる「謎」に疑惑を持ち、
疑惑を持つならもう少し何とかすれば良いのに、そこから行動に結びついていかない。
単に「どうして~なんだろう?」という疑問の提出役に終わっている。そのうち、周りの状況が
(例のごとく)勝手に動いて、またそれに巻き込まれるというパターン。
一体何度襲われ・攫われ・逃げ出したことか。国家権力に包囲網を敷かれているわけでもあるまいし、
隠れ家を一歩出た途端、あっという間に敵方に見つかるなんて、敵はどれだけ手際がいいの。
今まで散々騙されてきたのに、しかも疑う心を忘れていないのに、結果として騙されて
安易に敵の手に落ちるのはどうなの。
主人公側にもう少し能力を付与して欲しかった。翻弄されるばかりではなく。
お互いにがっぷり四つに組んで丁々発止やりあうのなら、
この小説、もっと面白いものになったんじゃないかなあ。
ここのところ、読んで楽しい本にあまり当たっていないので、自分の小説を読む能力が
不足しているのではないかと思えてしみじみ味気ない。まあ、良い部分より気に入らない部分の方が
気になるという時点で、楽しむ能力が不足しているのは間違いないのだが……
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