【映画ではなく”あのミュージカルの映像化”として秀逸】
「オペラ座の怪人」は、はるか昔だが原作も読んだし、
ロイド=ウェバー版のミュージカルは三ヶ所で見たし、ケン・ヒル版も見ているし、
二十年近く前の「最後の最後でスプラッタか!?」という(B級)映画も見ている。
ここまでするほどハマっているわけでもないはずだが、めぐり合わせってもんですかね。
いや、それはそれとしてロイド=ウェバー版のミュージカルはすごい名作。大好き。
そういう意味では、彼が深く関わって作ったこの作品は、ミュージカル好きには嬉しい。
何より舞台に忠実に作っていること。プラスして舞台では表現不可能なシーンが挿入されるのだからお得感もある。
冒頭の、テーマ曲が鳴り出す時の喜びといったら実際に泣けてくるくらいで、
モノクロがカラーへ、荒れ果てたオペラ座が往年の姿に甦るあのシーンはわくわくさせてくれる。
その直後にあふれる色彩!舞台裏でひしめく踊り子や役者たちの衣裳の渦!
……が、あとから考えると、クライマックスはこの冒頭部分になってしまったような気がする。
この作品は、よくも悪くもミュージカルの忠実な映像化なのである。
ということはつまり、一曲は一曲の長さで歌われ、その間には場面の転換もしづらいということ。
ここがね。やはり”映画”としては無理があったかなあ、と思う部分。
映画と舞台はスピード感、文法が違う。
生で聴いていれば歌手に何の動きがなくても満足できる歌も、映画の中では退屈に感じてしまう。
生と映像の差。退屈を感じた箇所はいくつかあった。
全体的にメリハリに欠ける。美しく、豪華だが、シーンがコンスタントになりすぎている。
そもそもあのミュージカル自体も、一つのストーリーとしてはかなり難しく作られたシロモノで、
そこをロイド=ウェバーの音楽が奇跡的なバランスでまとめているのだけれども、
舞台→映画に変換する上で、当然そのバランスは崩れてしまう。
オーダーメイドの服を他人に着せて、微妙なラインを描けるはずがない。
役者勢は……これはこれで悪くはないけど、という感じだろうか。
クリスティーヌのエミー・ロッサム、17歳でこれを撮ったというのはたいしたものだと思うが、歌の部分にちょい不満。
あと……口の形のせいで、半開きの演技が非常に目障り。口半開きにしてはいけない女優である。
ファントムのジェラルド・バトラーは、うーん、期待される歌い方とは違うと思うなあ。
まあ作り手がこの方向でいく、と選んだんだろうから仕方ないけれど。
役者のことではないが、ファントムの顔も気になった。
あれだけのトラウマを背負うほどの醜い顔ではなかったと思う。彼はこの世のものならぬおぞましい顔でなくちゃ。
しかし終わり方は非常に良いと思いましたね。モノクロが生かされているし、映画ならではのシーン。
ミュージカルだと、全部難しいんですが、ラストも難しいんですよ。雰囲気を細心の注意を払って作りあげないと、
「はい、終わりましたよ~」というだけになってしまう。その点、この映画では終りにしやすいものになっていた。
もう少し”映画寄り”で作るべきだったのではないか、と思う作品。
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