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◇ 恩田陸「猫と針」

珍しいことに戯曲。劇団キャラメルボックスのために書いたんだって。
劇団キャラメルボックスは恩田陸が「チョコレート・コスモス」を書く際に取材させてもらったことで縁が生じたらしい。
そして一緒に酒を飲むようになり、“酒で気が大きくなっていた私は”流れで劇団のために脚本を書く羽目になる。

ごめん、戯曲自体も普通に面白かったが、実は面白かったのは恩田陸による前書きと後書きだ。
後書きがだいぶ長いの。20ページくらいある。
戯曲だけで本にするのは厳しいと思ったんだろう。

恩田陸は、ガシガシ小説を書くわりに、エッセイはそんなに書かないからさー。
だいたい年代順にツブしている最中だが(恩田陸が書きすぎるもんだから、これがなかなか追いつかない)
その中でエッセイは数えるほどしかない。
そしてこの人のエッセイは面白いのだ。会話だったら思いっきりつっこんでるだろうなあ。

「猫と針」を書いた時のことはキレイサッパリ忘れているんだって。
「人間、あまりにもひどいめに遭うと」その時の記憶がすっぽり消えてしまうそうだが、どんだけやねん。
ちなみに公演が8月で、2月にそろそろ脚本出来ないの、とブックデザイナーの人に催促されているそうだが、
8月の芝居が2月に出来ているわけないじゃないですか、と書いている。
そういうもんですか。半年前でねえ。いや、それは恩田陸の遅筆?

とにかくこの頃は恩田陸側で、3月の南米取材旅行の恐怖で(←大の飛行機嫌い)そもそも生きた心地がしなかった頃。
脚本どころではない。

しかし、5月頭にたたき台としての仮脚本(決定稿とは別物)――は、まだいいとして、
6月に書けなくて映画鑑賞に逃避している、とか
6月だか7月にトルコ旅行に行き、
7月中ばで「この書けなさはいったい何なんでしょうか?」と日記に書きつけるに至っては、
他人事ながらほんと~~~~~~にコワイね。
初日は8月22日ですよ。

7月26日に初めて「第一場前半メール」というのも、もし自分が役者側だったらぞっとするが、
最終的に、8月15日の第二稿=最終脱稿ってのがコワすぎる。1週間しかないやんか。
決して長い芝居ではないにせよ、それで台詞を入れて、演技をつけてくる役者はプロなんだなあ。

まあ初日に立ち会った恩田陸は、あまりに緊張しすぎて「あたし帰る」と逃げ出しそうになったそうだが、
かろうじて逃げずに、ゲネプロと初日にはつきあったらしい。
ゲネプロは演劇関係者への披露で「斜に構えた見方をする」みなさんなので反応がよくわからず、かなりのプレッシャー。
初日は劇団キャラメルボックスのファン自体が多いこともあって反応は上々だったようだとのこと。

まあでも一般論をいえば、1週間で完成させた演技と1ヶ月かけた演技には差があるだろうね。
いずれにせよ、蓋を開けてみて変わっていく部分もあるだろうし、時間をかけたから単純にいいものになるということでも
ないとは思うが、脚本側はもう少し早く稿を上げないと関係者は生きた心地がしないだろう。

あとがきの中で井上ひさしの遅筆にも触れているが、そっちを見るひまがあったら、
一刻も早く完成させる方に意識を向けた方がいいと思うぞ。まあそれが出来たらやっているであろうが。

しかし舞台の裏のドタバタが想像されて面白かった。
そして最後に、「人間は忘れる動物である。きっといつかはこの恐ろしさを忘れ、もしかするとまた
戯曲を書くやもしれない――と、日記には書いておこう」と書く根性が笑える。
お前はヨシヒコか。まあこれ2007年だから、ヨシヒコの方が後だけどね。

そして相変わらず、内容とタイトルが一致しないのは困ったもんである。
それなら出版順に番号を振っているのと変わらん。

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