新書が映画の原作になる日が来ようとは……
という言い方は大袈裟かもしれないが、聞いた時に驚いたのは事実。
映画は見ていないので、出来がどうだったかはわからないけれど、
昨今の、マンガ→ドラマ→映画という決まり切った流れの中では
元ネタとして大変ユニーク。映画製作者たちの目のつけどころに敬意を表したい。
だが、そのせいで図書館の予約が混んでしまい、近頃ようやく読めた。
面白かったです。これこそわたしが新書に求める役割だよ。
専門の学者が、一般向けに専門分野のことを面白く読ませるという。
近年の雨後の筍の新書の出版状況では、中身がほんとーに薄くなっていますからねえ。
これは資料を丹念に読んで内容もちゃんと詰めているし、文章も読みやすく、上等な一冊。
けっこう手放しの賛辞ですな。
歴史のおおどころというのは、教科書でも習うし、その後の人生でも
ちょこちょこ耳に入って来る事柄だから、何となくわかっている。
でも歴史の細部はね。誰かが地道に資料をひっくり返して何か書いてくれないと、
一般人にはなかなか目に触れる機会がないわけで。
「おお、そうだったのか」と驚く。その驚きが快感。
へー、知行地取りの武士の領地ってあんまり場所が認識されてなかったのかー。
へー、小身の武士は同輩とかからお金を借りていたのかー。
へー、嫁に行っても実家との繋がりはそんなに強かったのかー。
へー、銭形平次の投げる寛永通宝は10円~50円の価値だったのかー。
サンプルとして取り上げられた猪山家が、借金整理の為に持ち物を断固として
徹底的に売る際の売却一覧表なんて……
カワイソ。2500万円位の借金に対して、四書正解という書物を売って
(およそ)22万なんて、ナミダなしには読めない。
若奥さんも嫁入り道具の地黒小袖を62万で売っぱらわれちゃってるし。
その後も着物代が全く計上されてない所をみると、ほとんど着たきりすずめだったろうと。
嫁も苦労するなあ……。
長女のお食い初めの時も、鯛が買えないので絵に描いた鯛だったとか……
ワビシイ。ワビシすぎる。
が、その借金整理のオオナタをふるった後は、この猪山家は順調に出世していくんだけどね。
タイトル通り、この猪山家は御算用者の家柄。ま、経理のプロフェッショナルですな。
元々は陪臣だが、明治維新を迎える前に、わりと抜擢を受けていたらしい。
加賀藩主への将軍家姫君の輿入れの際の経理責任者や藩主の側仕えをやったり、
そこで認められて明治維新前後の官軍の補給担当の仕事をしたり。
事務能力の高さと、人に知られた正直者。これが大きな武器だったらしい。
だが、維新の第一線に飛び出していくほどのはねっ返り(?)ではなかったので、
政治的に目立つことをやったかというと、それは無し。
でも新政府で官吏になったおかげで、まわりの没落士族とは違い、維新前と比べても
相当裕福な暮らしをするようになったとのこと。
何代か前の借金暮し、絵に描いた鯛が嘘のように。
本の終盤にこのあたりのことが書いてあるんだけど、
うーん、今の学歴偏重社会はこの辺に根っこがあるのかもしれないなあ……
と思わせられた。
官吏になるのが一人勝ち。な時代であったらしい。民間企業というのがまだほとんど誕生する前で、
あったのはせいぜい個人商店だけだったとすれば、生計の立て方はとても狭かったということだよね。
“士族の商法”と揶揄されても、大変な狭き門である新政府の官吏になるか、
なるか、……他に何があったんだろう。小金があるなら土地貸しとか家貸しもあり得たろうけど。
やっぱ寄らば大樹で役人、というのはこの頃からずっと続いていることなのかもしれない。
多様性は(概ね)誉むべきこと哉。
新潮社
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