記念すべき第一回本屋大賞を目出度く授けられた「博士が愛した数式」は、
小川洋子が藤原正彦と出会わなければ、おそらく生まれなかった。
それだけに、この二人の組み合わせには多少なりとも思い入れがある。
「入門」というタイトルで、数学の世界に実際に足を踏み入れるような内容かと思えば、
そこまでではない。数学の全体イメージのサワリ……つまりサワリのサワリのみ、
「大雑把に言って数学とはこういうもの」の中の、特にロマンティックな部分を書いた本。
これを読んだからと言って数学の成績があがるというわけではありません。
数学者の武器は集中力である、というあたりから話が始められる。
そのオチが「数学者は片思いでも何でも、好きになったらその持前の集中力で
ひたすら思い続けるので、相手の女性はたまったものではない」
……というところで一章目が終わるのだから、数学的速効性がないのはわかるでしょ。
その分読み物としては面白い。対談形式だが、双方いい言葉を使う。
文章ではきらっと光るものを書けても、喋りではそこまで表現出来ない人もいるでしょう。
でも小川洋子は、時たま聞くラジオでの喋り(本の紹介番組で紹介者として出ている)を
聞く限り、喋りも好感が持てる。エッセンスが喋りでも出せるタイプ。
藤原正彦は、けっこうあけっぴろげで思いついたことをそのまま喋る感じだから、
いい年の男性が言うにはロマンティックすぎるような内容も、ばんばん出てくる。
わたしは泣いた。「谷山=志村予想」の部分を読んだ時に。
(谷山=志村予想とは)楕円曲線とモジュラー形式という全く無関係の世界が
密接に結ばれているという理論。たとえて言うならエベレストの頂上と
富士山の頂上を結ぶ虹のかけ橋があるという感じ。谷山先生が「虹のかけ橋が
あるんじゃないかなあ」と言ったのを、志村先生が、「ほら、ここに虹のかけらが
あるよ、あっちにもあるよ、こんな軌跡になっているはずだよ」と、いろんな実例を挙げて、
虹のかけ橋はたしかにあり、こういう形でなければならないと具体的に示したんです。
詳しくは藤原正彦「天才の栄光の挫折」を読んで下さい。わたしはこないだ読んだばかりなので、
2人についてのこの比喩がよくわかる。数学者の人生は劇的だ。
数学は何よりもまず美しいそうだ。学問の中で一番美しいものだと――少なくとも藤原正彦は
信じている。数学は、たとえ宇宙人が地球を訪ねて来て知識の交換をしたとしても、
種族によって違うということがあり得ない、絶対的な事実の学問だそうだ。
ゆえに文明度のバロメーターとしても使えると。
地球の文明レベルは「フェルマー予想が解けたくらいだ」と宇宙人に伝えれば、
「おお、それはすごい」と言ってもらえるはずだ、という話をしていた。
(だがフェルマー予想ですごいというかは、それこそ文明の成熟度によって違うのでは……)
数学好きより数学嫌いが読むべきかな。
少しは数学に親近感を持てるかもしれない。
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ところで、藤原正彦と言えば言わずと知れた「国家の品格」。わたしは読んでいませんが。
この人は両親が文学者という環境のせいか、なかなか面白いエッセイを書く。
確か読んだのは「遥かなるケンブリッジ」と、こないだの「天才の栄光と挫折」。
前者は妻子帯同のケンブリッジ留学記、後者は数学者10人くらいの小評伝。
自身が数学者で、それに特化したのがアドバンテージ。
数学の世界なんて、よほどのことがないと身近に転がっては来ないから、
ちらっと覗き見ることが出来て面白かった覚えがある。
……が、そういうのはいいんだけどさ。「国家の品格」とまで大上段に出られると……
え?と思わざるを得ない。
というのは、この人、多少おっちょこちょいっぽくてね。
「遥かなるケンブリッジ」に出てくるエピソードなんだけど、
子供が苛められている時に、ただひたすら「負けるな!反撃しろ!」的にけしかけるだけの、
一昔前の日本男児タイプなんだよなー。
海外生活をして、愛国心が強くなるのはわかるけど、
理想はやっぱり「日本も素晴らしい、外国も素晴らしい」であるべきでしょ。
でもどうもこの人の中には「日本が一番素晴らしい」という強固な思い込みがある感触。
差別的とまでは言わないけどね。間違っても思慮深いタイプではない。
愛国心が悪いもののように教育されてきてしまったのは
現代日本人の類まれな不幸だと思うけど、藤原正彦のスタンスもちょっとなあ。
あのスタンスで「国家の品格」を論じられていたらどうしよう、と思う。
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「国家の品格」関連でちょっと言いたいが、最近の新書はどーもあかんのではないかね。
以前にも書いたけど、新書って、専門家が素人向けにその分野の基本的なことを
紹介するためのジャンルではなかったのか。
前はそんな感じで、けっこうお世話になったのになー。
蔵書の中に占める数はそれほど多くはないけど、新書好きだったよ、わたしは。
が、最近の新書は、1冊の本にするほどの内容はないものを、
ちょっと目をひくタイトルをつけて出版しているだけのような気がする。
全部が全部じゃないだろうけどさ。
昔は新書コーナーには食指が動くものが多かったのに、最近は全然。
単にタイトルをキャッチィにすればいいというものではない。
知識に資するものにして欲しいよ。せっかく出すんなら内容もがっつりしたものを。
そういうわりに「世にも美しい数学入門」、がっつりしているわけではありませんがね。
1時間くらいで読み終わる内容だし。
でもこれは、ちくまプリマー新書。対象が高校生らしいから、まあこんなものでしょ。
(しかし人間の知力は高校生くらいがMAXだとかいう話をどこかで読んだ気がするが、
どうなんだろうね、その辺?)
ちくまプリマーのラインナップを見てみると、わりあい基本を押さえている気が
しないでもない。この他に藤森照信の「人類と建築の歴史」もそこそこだったので、
この新書は、まあ良心的な気がするんだけど……でもこれも出版数が増えるに従って、
薄い奴を出して来るんだろうなー。すでに兆候は見えているし。
わたしはわりと筑摩贔屓なので、頑張ってほしいものだが。
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これは面白いです。ヨンデモ本。(=読んでもいい本)
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