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◇ 高野和明「幽霊人命救助隊」

うまいな、と思った。
そのうまさはプロっぽいというよりは家庭料理的な旨さ。
才走ったところはない。着実に話を積み上げる。実直。
これよりわずかでも緩むとタダの話になってしまいそうだが、飽きっぽいわたしが
文庫600ページを楽しく読めたんだから、リーダビリティが高いといっていいのではないか。

話はタイトルそのまんま。自殺して幽霊になった4人が、天国へ行くためのトライアルとして、
神様から四十九日で100人の自殺志願者を自殺から救う、というノルマを課せられる。
この基本設定はどこかで見かけるようなものかもしれない。
が、細かい設定の過不足のなさは秀逸。話に合った設定をよく煮詰めた。

自殺志願者を発見するモニターとか、幽霊4人組が連絡を取るための携帯とか、
心境を変えさせる力がある応援メガホンとか……若干ドラえもんですが、良く考えてある。
しかしそういう特別な道具類をもってしても“他人を救う”ということはそう簡単なことではなく。

ノウハウが大事になってくる。幽霊の特性を生かして自殺志願者や周囲の人たちの心に入りこみ、
情報収集は出来るんだけど、その時浮かんでいる思念を読むという形態しか取れないので、
応援メガホンで周りの人一人一人に「○○課長ってどういう人なんですか!!」と怒鳴る。
(そうすると思念が浮かんで、その課長がどういう状況に置かれているかわかるわけ)
今にも本人が首を吊ってしまいそうな切羽詰まった状況で、そこからかい、と言いたくなる
まどろっこしさでユーモア感が漂う。

これ別に、憑依したら本人の知識が瞬時にわかり、生まれてから今までのことも全部判明し、
肉体も支配出来て、って設定にすることも可能だったわけでしょ。
そうしないで、まわりくどくまわりくどくユーモラスに書き上げるようにしたところがオテガラ。

4人の幽霊の自殺した年齢、年代、性別、職業、性格などが、みなバラバラで、それが利いている。
そして幽霊自身も自殺しているわけで、色々なケースを救助していくうちに自らの問題解決を
含んでいるというのもミソ。ウマイ。
ほんと、エンタメ小説は、話を活かすも殺すもディテイル次第だなあ。

著者は元々は映画監督志望。脚本家になり、乱歩賞受賞して小説家。
読み手に優しい作りもむべなるかな。あまりにもわかりやすくてブンガク性、とか考えると
……いや、いいんだ。面白い小説が一番なんだ。全てを求めてはいかん。

はるか昔に「完全自殺マニュアル」という本がだいぶ売れたことがあったが、
それと並べて自殺対策本と銘打ってもいいような気がする。
死にたいと思っている人が読むと自分を客観視出来るかもしれない。
といっても枠組みはコメディなので、真剣に悩んでいる当人が読むと馬鹿にされた気がするかな?
でも死の特効薬は笑いなんだけどね。人間、笑いながらはなかなか死ねません。

“青信号”くらいには効くんじゃないかな。いや、効果を求めて小説を読むのは間違ってるけど。

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高野 和明
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解説が養老孟司。この解説もちょっと面白い。オマケとしての価値あり。

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