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◇ ノーマン・メイラー「裸者と死者」

アメリカ文学最短コース遍歴中。

……大変でした。
集英社の世界文学全集で読んだんだけど、これは上下組で解説まで含めると635ページまである。
しかも内容が戦争もので、あっさりとした描写を大量に積み重ねるタイプの小説、
基本的に、目に見えるほど話が動くのは500ページを超えてから。
疲れました。寝転んで読むと、すごく重いので腕も疲れるしさあ。
間違って取り落とすと顔面に落下し、下手すると命の危険を伴う(かもしれない)。

「普通に読める」と「がんばって読む」の中間くらいの読みやすさ、というか読みにくさ。
ところどころ醜い部分があり、そこで読むのがツラくなったりはしていたが、
そこを乗り越えれば何とか。とは言っても決して面白いわけではないので、
……やっぱ何かの修行ですね、これきっと。

こういうタイプの小説にはいつも言うことになるが、ここまでの長さを必要とした話かな。
淡々とだからこそ、量を必要とするのかもしれないけどねえ。
例えていえば、ラヴェルの「ボレロ」、始めの方の地味なフレーズで500ページまで引っ張り、
その後、……そんなには盛り上がらないんですが、まあクライマックスを迎えて完。

わたしには何も語らない話だ。と思いながら読んでいた。
とにかく500ページまでは「それで?」としか思えなかった。
戦争ものは嫌いだし、開高健の「輝ける闇」なんかと違って表現の旨みもないし。

ただ、解説を読んで思ったのは、
文学作品はその時の背景のなかにおいてこそのものなのか、ということ。
時代を映すのも文学の役割だという言い方は時々聞く。
わたしは逆に、そういう社会的文脈から、完全に独立していることは不可能にせよ、
切れたところで読んでも面白いものがいいものだと思うのだが。

どっちの方向もありなんだろうな。
シェークスピアが何百年もの時代を超えてずっと上演されるのは、その普遍性のゆえだろうが、
時代毎のエポック・メイキングとしての作品も認められるべきなんだろう。
後者は、文章としてではなくアクションというか思考の価値って気もするけどね。
まあ思考の価値を認めないのも心の狭い話ではあるので……(心が狭いのは確かだが)

本作についていえば、戦争というのは普遍的なものだし、その時代のみの話というわけではない。
だがやはりその社会における戦争という意味では個別的なのか。
今の戦争は違うのかもしれないな。いや、どうなのかな。結局根幹は同じなのかな。
……そこすらわからないのに「それで?」なんて思うのは傲慢の限りなんですけどね。

敵である日本兵への視線が公平だ。むしろ好意を感じる。
そこは作者に、それなりの日本滞在経験があるからのようだ。

ジャリジャリ感はそれほどなし。いくらかはある。
ドライ感はある。ひりひりする。

裸者と死者 世界文学全集 (44)
ノーマン・メイラー 山西 英一 Norman Mailer
集英社
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唯一、この作品でわたしが得た一文。
ここは特に作者が力をこめて言いたかったことではないと思うが。

   けっきょく、いつもきまって人の期待を裏切る神とは、いったいどんな神なのか?
   悪戯者。

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