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◆ ラヴェンナのモザイク その1。

ラヴェンナには数年前から憧れを抱いていた。
小さな町だけれど、過去に帝国の首都になった時期もある。

(この帝国を、わたしはうろおぼえに「ビザンティン帝国」とか覚えていたけど、
実際は「西ローマ帝国」の首都になったらしい。しかし西ローマ帝国とは何かと聞かれると、
――実は全く頭に残っていないことに気づく。何のためにあんなに時間をかけて
「ローマ帝国衰亡史」を読んだのやら。)

町に残る数々のビザンティン美術。日本史上で例えて言えば、――飛鳥だろうか。
小さくて、ささやかで、でも古の美が眠る場所。

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まさにラヴェンナはモザイク三昧な町なのだった。

サンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂。

一歩足を踏み入れると、もうそこが息を呑む美しさ。
聖堂内部全体が美しい。左右に並ぶ柱のリズムも。そこに描かれた淡い色合いの人物のメダイヨンも。
何よりも視線のずっと先、後陣のモザイクが。全てのバランスが美しく保たれている。

ここで特筆すべきはモザイクの緑色の鮮やかさ。
ほんとに邪気のない緑色で、幼児が描いたような木や白い子羊たちの集団と相俟って、
可愛い!と言いたい絵。この写真を見た友人が「ここにピクニックに行きたい」と言ったが、
まさにピクニック向きの緑の原っぱ。

バロック建築。ゴシック建築。威容を見せつけることを主眼にしたキリスト美術を我々は見過ぎた。
でも実は初期のキリスト教美術にはこんな可愛らしい側面があったのだ。
自然に微笑が浮かぶ。神の前に出た人間の表情として、それは最上のもの――
畏れひれ伏すよりもはるかに幸せな神との関係性ではないか。

サン・ヴィターレ聖堂。

内部は暗い。まず目を惹くのはモザイクではなくドーム内部の華やかなバロック絵画。
ある程度以上の規模の教会建築のドーム装飾としては、相当に派手なものに入ると思うがどうか。
ここまで派手なのは、むしろ広間の天井画ですよね。

ドームから自然に視線が下がって、モザイクに向かう。
だがこの建物の構造が実はよくわからない。八角形の集中式聖堂というのは相当に珍しい形式らしく、
類似構造の建物は他に見当たらないそうだが、……八角形で集中式だと中心がどこになるんでしょう?
実はこの聖堂、出入口が博物館に繋がっている部分とファサード側と2つあり、
博物館側(言わば裏口)から入ってファサードから出たわたしは、今ひとつ全体像が掴めなかった。
大小のアーチの存在もその幻惑感を増す。
いわば巨大な万華鏡の中に迷いこんだような。

ここで一番有名なモザイクは……というより、世のモザイクで一番有名なのは、
もしかしたらこれかもしれない。

ユスティニアス帝のモザイク

皇妃テオドラのモザイク

わたしの目当てもまずこれが第一だった。
が、実はこの2枚、見にくいと言えばかなり見にくい位置にあるんですよね。
どうしても斜め下から見上げるしかない。しかも遠い。
……いや、これも言い訳だ。やっぱり集中力を欠いていたんだろう、ちゃんと見てない。
どうやったらあまり歪まない写真を撮れるか、という目で見るだけで終わってしまった。
もう少しちゃんとしろ、自分。

でも、ひとまずその場所のエッセンスの一端には触れたかなと。
つらつら思うに――モザイクは、もとい、ビザンティン・モザイクは写真では絶対わからない。
今までは写真でも十分美しいと思っていた。出来のいい本なら色合いもきれいに出ている。
三次元である彫刻作品や建築なら写真ではわからない部分も多いだろうが、
絵と同様にモザイクは基本的に二次元のもの、写真で魅力の大半は伝わるだろう。

しかし実はモザイクの精髄は、光の微妙な乱反射。なんでしょうね。
同じ光でもこれが単なる透過光なら――具体的に言えばステンドグラスなら、
その光は写真でもある程度伝えられる。素直な光。写真でも十分美しい。
だが、ビザンティン・モザイクの場合、写真に撮られたものは実際の5分の1から10分の1しか
魅力的じゃない。(数字に根拠はない)
金色の反射光が見る者を温かく包み、それがビザンティン・モザイクを見る時の幸福感を生む。
そういうことだと思う。写真ではそこが伝わらない。

結局モザイク一枚一枚はちゃんと見ていないけれども、
“モザイクのある空間”を味わうことはそれなりに味わえたと思うので、まあ良しとしよう。


ガッラ・プラキディア廟。

サン・ヴィターレ聖堂のほんの庭先、と言いたい位置に小さな小さな建物がある。
モザイクで大変有名な建物だし、皇妹ガッラ・プラキディアの廟と言われてもいるので、
もっと大きな建物を想像していた。こんなに小さいのか。看板が無ければ見落とす。

中に入ると、穴倉のように感じる大きさ。
穴倉と言っても、十字形の長い直線が10メートル以上あるそうだからそこまで狭くはないのだが、
意外な小ささと窓が無くて光がほとんど入らないこと、天井が低いことなども加わって
空間の狭さを意識させられる。
見学者は一度に最大5人くらいじゃないと気がねなく見られないな。

ここは華麗なサン・ヴィターレ聖堂とは打って変わって素朴なモザイク。
いや、素朴というのは当たらない。無垢というのか。純真というのか。
十分に意匠は尽くされているのに、所々微妙にぎこちなく、技巧的には完成されていない。
つまり慣れによる巧さの手垢がない。
この辺のバランスが――無垢、と言いたくなる所以なんだろう。
老成した、あるいは円熟した味ではなくて、これから成長していく初々しさがある。

デザイン自体は、でも、相当に練り上げられている。
有名なのがドーム内の満面の星。天頂部分に小さめの十字架を置き、あとは金色の星で埋めた
シンプルなデザインだけど、そのシンプルさがいい。
アーチ部分のアラベスク風な円形パターンがペルシャ絨毯を思わせる。
唐草模様もある。卍崩しかと思わせるような複雑なパターンもある。
果実と花をつけた植物も建物の内部でアーチとなるように描かれている。
何人も描かれた聖人たちの像。
こんな小さな空間に濃く織り込まれた様々のデザイン。

でも翻って考えてみれば、デザインを盛り込みすぎて全体の統一感には少々欠けたか。
建築家が全体を見通すことなく、部分部分で考えたのではないかと言いたくなるような感じ。
たとえそうだろうと十分に美しいけどね。

その2に続く。

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