スクオーラは英語で言うとスクール、つまりよく使われるのは「学校」という意味でなのだが、
英語と同じく別な意味で使われることももちろんある。
ヴェネツィアのガイドブックでは、たいてい「同信会」と訳される。
だが「同信会」と言われてもあまり意味がピンと来ない。
信仰を同じくする人々の集団――字面からはまあそういう意味なんだろうと推測出来るが、
そう考えると諸派が分立し、モメているイメージになる。
ヴェネツィアでは、歴史的にあまり宗教でゴタゴタしている印象はないのだが。
だいたいもし信仰を同じくする人々の集団なら、教会ごとに集まっていればいいのではないか?
わざわざ同信会という別組織を作る必要性はあるだろうか。
と、疑問を抱きながらとりあえずガイドブックを見て
手近なスクオーラ・ダルマータ・サン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニへ行ってみる。
……名前を覚えられないので、以下ダルマツィア同信会と略。
外見的には、教会なんだろうな、という雰囲気ではあるが、教会とは雰囲気が微妙に違う。
中に入って。その途端「あ、なるほど」と腑に落ちるものがある。
――そうか、同信会ってつまりは仲間内の集会所なんだ。
ダルマツィア同信会が小さい建物のせいか、内部の雰囲気は驚くほどこじんまりしている。
祭壇も小さめ。だが、内部装飾はすごい。カルパッチョの連作が壁の上部をぐるりと取り囲む。
カルパッチョですよ。当時一流の人気画家でしょうよ。うわあ、金かけてるなあ。
そう思ったのは、このスクオーラが“ダルマツィア地方から来た人々によって建てられた”と
書いてあったから。ダルマツィア地方というのは――わたしのアヤシゲな知識でいうならば、
ヴェネツィアをその最奥とするアドリア海の東岸を呼ぶ言葉で、
海洋国家ヴェネツィアは自らの人口の少なさを補うために、船の乗組員をその地方から募っていた。
つまりダルマツィア同信会というのは、いわば出稼ぎ者たちが憩う場所ではないか。
まあ、その理解が正しいかどうかはわからないが、わたしの想像のなかではもうすっかり
「おお、久しぶりだな、ピエトロ。元気だったか」「いやいや、お前こそ。ジョヴァンニ」
(ダルマツィア地方の名前など知らないため、イタリアバージョン。)
と、破顔してお喋りに勤しむ男たちの姿が出来上がってしまった。
そうだねえ。故郷を離れて、休日にはみんないそいそとここに集まったんだろうねえ。
内部のこの親密な雰囲気は、きっとその頃の記憶が残っているからなんだ。
みんなで集まってサン・ジョルジョにお祈りをした後は楽しくお食事でもしたことだろう。
そしてこの場所にカルパッチョの連作があるのも、やはり自分たちの場所を、
目立つように飾りたかったんだろう。それはきっと町内ごとの山車の豪華さを競う町っ子の
心意気と通じるもの。
よくわかった。
……と、一人で納得し2階に行ってみる。
2階の方が装飾的には重厚。1階が若干カジュアルな感じもするのに対して、
2階はもう少し厳粛な雰囲気になっている。今も残るスクオーラの中では珍しい部類に入るらしいが、
ここは今でも現役で結婚式などに使われているらしい。
なんか落ち着くなあ、ここ。
他に誰もいなかったので、並べられた椅子に座ってのんびりしていた。
1階と2階の用途の差は何なんだろうね?どちらにも、あまり大きくはないけれど祭壇があるし、
椅子も並んでるんだから同じように思えるけど。
単にどちらかだけでは人数が収容出来なかったってだけかな。1つの大きな平面を確保するのは、
土地の狭いヴェネツィアでは難しいことだったはずだからね。
ちなみにカルパッチョの絵は個別にはほとんど見ていません。
こういっては何だが、カルパッチョとかティントレットとかティエポロとかティツィアーノとか、
作品の数が多すぎて、一枚一枚を大事に見ようという気力が湧かない。
いや、ティツィアーノは好きな画家なのだが。
「灰色の目の男」とか「マグダラのマリア」とか、
ちょっと名前覚えてないけど各種おじいさん&おっさん(←法王とか皇帝とか)の肖像とかなら。
でもティツィアーノも相当に数を描いているからね……。工房作品も多いだろうしな。
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その後、別な日にスクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコへ行った。
これはサン・ロッコ大同信会と言われているくらいなので大きいんだろう、とは思ったが、
中に入ったらほんとに広かった。巨大広間。
ダルマツィア同信会に感心したけど、あっちはやはりそれなりにささやかだったんだなあ。
内部装飾に相当に力を入れていても、比べてみたらこちらの豪華さには及びもつかない。
こっちにはさらに大きなサイズでティントレットの連作が並ぶ。(70点以上あるそうだ)
やはり1階の壁の上部にずらりと。
この連作がここの売り。……が、わたしはやはり一枚一枚は全然見てない。
一歩足を踏み入れて、その空間に圧倒されるだけでももう十分。
それに、これは個人的な傾向ですけど、飾られた絵はやはり飾りとして見てしまうというか。
もちろんこの時代の絵はひたすら飾られるために描かれたわけだから、言い訳だろうが。
ただ、天井画とか壁面上部とかに置かれた絵は物理的にも遠くてね。
適正な位置で見られない。気力、体力がないと一枚として向き合うのは難しい。
ここにも2階があるので階段を上って見る。
階段の壁に描かれた絵も見事。――と思っていたら、2階に入った途端。
豪華。
……これはすごいね。とぶつぶつ言いながら立ちつくす。
天井画がびっしり。天井画と天井画の間は黄金の額縁と言いたいような金色の装飾が埋めている。
床のカラフルなモザイク。壁の上部には大きな窓とティントレットの大きな絵が交互に並び――
いやはや、その贅沢さには呆れて物が言えない。
しかしここでわたしが一番注目したのは、壁面下部の木製彫刻部分。
そこはぐるりとベンチになっているせいか、もたれかかっても大丈夫なように
フラットなパネルになっており、パネルとパネルの間を小さめ(1メートル位か)の
木彫りの人物像が埋めている。この人物像はアレゴリーになっているそうで、
「怒り」とか「憂鬱」「名誉」その他が表されているという。
だが中にはアレゴリーではなく、ティントレットとかキケロ、
メルクリウスも人物像になっているらしいから、制作基準がよくわからない。
美しいというよりむしろユーモラスな造型。
すぐそばで見るにはほんのちょっとグロテスクで、しつこい感じがする。
大豪華版の全体の装飾には合わないと言えば合わないのだが、むしろここで息抜きをしているのか?
面白かったのは、ある一部分だけが本棚の木彫りになっていること。
だまし絵風に、本も彫られている。面白い。
でもここだけ本棚にした意図がわからない。本棚の両脇のアレゴリーは「怒り」と「野次馬根性」で
今ひとつ本との関連が?これが「学習」と「知識」の間とかいうのならぴったりなのだが。
しかしこれだけ豪華でも、感じるのは威容とか厳粛さより親密感なんだなあ。
空間的に巨大すぎるけれども、言わばサロンのような感じ。
やっぱりここにも、三々五々寄り集まってお喋りをする人々の姿が見える気がする。
おそらくここの構成員は貴族とか大商人なんだろうから――という根拠は単に
これだけ建物を豪華に出来るのはやはりオカネモチだろうということ――
ダルマツィア同信会ほどには人々の繋がりが密だったイメージはないが、やはりある種の社交場。
スクオーラ。が面白かったかもしれない。もっと見れば良かった。
ガイドブックに載っているだけでも、他に2ヶ所、メジャーなスクオーラがあったんだよね……
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