人生初アンクル・トム。
子供向けバージョンでも読んだことがなかったので、読むに当たっては少々悩んだ。
今更子供向けのものを読んでも仕方がない。だが大人向けのバージョンで620ページの新訳は、
そりゃ詳しく書いてあるんだろうけど、そこまで時間をかけて読みたくもないわけで……
この中間は、と探したところ丸谷才一訳の河出書房新社版が見つかった。
訳者に対してそこはかとない信頼はあるし、文庫で360ページというのもお手ごろだ。
実際読んだところ、非常にすっきりした訳でさくさく読めた。
さて、感想ですが。
この話は、はっきり奴隷制度反対の啓蒙キャンペーンだよね。ごくごくストレートな。
……しかしここまで直球だと読んでいて鼻白む部分がある。
子供向けの話を変に複雑にするのも、わたしの採るところではないのだが。
歴史的に奴隷制度廃止の方向へ進むのは正しい。
が、その正しさを前面に押し出されたお話を文学作品として読まされるのもなあ。
奴隷制度賛成側にも、それなりの言い分があったと思うんだ。現実的にも理念的にも。
その辺りにまるで触れられず、完全に勧善懲悪。うーん。ちょっと辛い。
奴隷制度があった頃のアメリカでも「えー、そりゃうちだって奴隷はいるけど、
けっこうお互い楽しくやっているし、そんなに目くじら立てなくても……」と思っていた人は
きっといたんだろうと思う。全奴隷が解放を望んでいたかというとそうとも言えない気がする。
奴隷制度に対しては北部が善玉、南部が悪玉みたいに思われがちだが、
実は北部にも奴隷制度廃止を望む、きなくさい功利的な理由があったらしいし。
(が、具体的な理由を忘れたので説得力はない)
要はわたしは、自分ではない側を一方的に悪に描いた作品が「文学作品」として
扱われているのが何となくイヤなのだ。
歴史的には、あるいは政治的にはエポックメイキングな作品だとしてもさ。
プロパガンダ。この作品はむしろそういうものなのではないかと思えて仕方がない。
善意によって書かれたものではあるにせよ。
ところで、話はちょっと違うのだが。
時代によって常識というものは変わるでしょ。
その時普通のこととして多数派が受け入れていることが、何十年何百年経つうちに
全く異常なこととして捉えられるようになる。そのことが時々気にかかる。
人間は、常識・習俗・習慣から抜け出ることが難しい保守的な生き物。
あるいは新規なもの・便利なものにはすぐに飛びつく順応性。
保守性と順応性の生き物。相反するもののこのバランスが、
人間を強く、力ある存在にしているのだろうが。
時々思う。
わたしはコロッセオで剣闘士の殺し合いを楽しんだだろうか。
マヤのピラミッドの下で、生贄の心臓がえぐり取られるのを今か今かと待っただろうか。
マリー・アントワネットの死刑執行を見に行っただろうか。
奴隷売買をしただろうか。
第二次世界大戦において、日本軍勝利に歓声をあげただろうか。
多分、多数派の一人として、特に疑問は抱かなかったに違いない。
みんながしているし。そういうもんだと思っているし。
周りを取り囲む“そういうもん”を日々疑うのは難しい――難しいというよりも
構造的に困難だと思う。“当然のこと”を“疑う”理由はどこにあるのか?
早い話、今から100年後の人たちは、我々のことを「えー、あり得ないでしょー」と
思うと思うんだよ。剣闘士の殺し合いを楽しんだ古代ローマ人を現代人が評するのと同じ口調で。
石油の枯渇は目に見えているのに、どうしてわたしたちはいまだにガソリン車を乗り回して
いるんだろう?温暖化の対応急務を叫びながら、そのために商業活動が停滞することはない。
それは、今までもやってきたことで、便利で、快適だから。
人間、楽には勝てません。ゴミの分別はちゃんとやる人も、ほんの10分の距離を行くのに
車で行きたくなるでしょう?逆も同じ。出来ることは自分の負担にならない程度の行動だけ。
それを思うと、南部側の人間が気の毒になる。
我々は人種差別は罪だ、ということをひたすらに聞かされ続けてきた時代の人間だけれども、
当時の人には、黒人は劣った人種で、
――だから家畜のように働かせてもいい
――(または)より良く教化しなければならない
ということが社会常識として通用していたわけでしょ。
その時点の社会常識から離れて、空間的も歴史的にも普遍である考え方なんて、
一般人にはそう簡単に身に付かない気がするなあ。
だから後世の我々が、現代の倫理で過去を裁くのは、……どうもねえ。
とはいえ、インカ・アステカの侵略とか十字軍とか、サヴォナローラの「虚飾の焼却」なんかには、
わたしも憎悪を感じてしまうのだから、仕様がないのだけれども。
人類は、少しずつでも成熟していけるのかねー。
命あるものが全き洗練を手に入れるのは可能なのかねー。
いやでも、その少しずつの歩みに価値があると思うべきなのか。
しかし歩みの方向が間違っていないと、一体誰に判断出来るのだろう。
河出書房新社
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