PR

◇ 梨木香歩「村田エフェンディ滞土録」

タイトルから、てっきり混血の人のトルコ留学記なんだろうなーと思ったら違った。
「エフェンディ」とは“おもに学問を修めた人物に対する一種の敬称”だそうで、
大雑把に言えば「先生」という感じだろう。
ちなみに文中、村田の下の名前は明かされない。個人情報の部分はほとんどない。

最初は元ネタ、あるのかな。ないのかな。と思いながら読んだ。
前半部はわりと淡々としたほんとに「滞土録」。この辺の書き方が好きだったなあ。
地味なことこの上ないけど。当時(時代は1899年)の実際の留学記を参考に
読みやすく書き直したと言われても不思議には思わないほど、それっぽい。
夏目漱石とか、その辺の明治の空気を感じさせる。
イスタンブールの空気を上手く写しているかというと、ちょっとアヤシイところではあるが。

わたしは何となく、東南アジアののんびりした時代の植民地のイメージで読んでいた。
(植民地にのんびりした時代があったかどうかは疑問だけれどね)
熱を帯びた、少し湿った風が吹く。人通りの少ない裏道に面した静かな下宿屋。
各国から集まった下宿人たちのどこか寂しくて優しい、淡々とした日常。

が、後半は世界情勢の変化に引きずられて、この聖域的な静かな場所は空中分解する。
……この辺が史実がうまく組み合わされてないなと感じたところだけれども。
あまりがっつり史実を前面に出しても仕方がない話ではある。
でもちょっと世界情勢を便利に使いすぎた感があるな。
つまりは「友よ!」が書きたかったんでしょ?

※※※※※※※※※※※※

この人は何よりもまず「西の魔女が死んだ」の作者としてわたしの前に現れた。
あの話は好きだった。が、何というか、あれは、

素人が書いて、たまたま大変うまくまとまってしまった話
作家の卵が書いて、あまり大きなところを狙わずにきっちりまとめた話

どちらか迷う話ではあった。細部に注目出来ればかなりの巧さもあるけれど、
大筋だけ見ると、大変王道(=ありがちな話)と言われても仕方がないものね。
その後の彼女の作品を見て「作家の卵」であったのは証明されたが。
しかしこの人の発想は変な風に羽ばたきますね。

わたしはそれを好きとは……うーむむむむ、言えない。
変な風に曲がって行く。「裏庭」を読んでも、とてもファンタジーとして始まるのに、
ひっそりと不気味で、アリス的奇妙さもあり、うーん、三角形の建物を作ろうとしているのに、
なぜか途中にたんこぶのような円形をくっつけてしまったというような変さがある。

今回のこの作品で言えば、稲荷とアヌビス神が……。
こういうのを出さずに、前半の“寂しくて優しい”話のまま終わって欲しかった気がする。
わたしの好みとしては。普通が好きだよ。
(とは言うものの、変さが創作の醍醐味であるという意見も持っている。)

※※※※※※※※※※※※

この本は2005年の読書感想文コンクールの課題図書だそうだ。
何歳くらいの人が対象だったのだろう?中学生?高校生?
わたしは最初「読書感想文」の課題図書だと勘違いをしていて、
いや、それにはどうもなあ、と思っていた。
だってこれは小説としてはかなり辺縁。辺縁だからこそ、今まで小説を読んで楽しめなかった層に
アピール出来る可能性もあるが、これを読んで感想文は書きにくいよ。

だが、「コンクール」でした。
コンクールに出すような人は、こういう変化球でもOKかも。普段読まない人には、
どうだろう、この変化球?最初のあまりの地味さについていけるかね?
まあ課題図書として「人間失格」なんか出すよりは気が利いてるかもしれんが……
(わたしは高校の頃に太宰を数冊読んだが、その時点でだいっきらい)

でもこの本、文庫になったら買うかもな。
……と思ったらもう出てた。そういえばしばらく前に見たな。だが……うーん、角川か……
角川嫌いだ。でもまあ表紙はそこそこか。
わたしが読んだのはハードカバーで、こっちの表紙は話に実にふさわしいと思う。

村田エフェンディ滞土録
梨木 香歩
角川書店
売り上げランキング: 192203

コメント