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◇ 宮部みゆき「火車」

宮部みゆきは最初に「R.P.G.」を読んであまり気に入らず、
「霊験お初シリーズ」を読んでそこそこ、名作という噂の「蒲生邸事件」もいまいちだったのだが、
「ぼんくら」を読んでものすごい面白い!と思った作家。

「ぼんくら」の面白さは感動ものだった。
ページをめくるのが止められない、という経験は久々だったなー。
その感覚が味わえたのが感動だった。まだそんな作品がわたしにもあったか。

今回の「火車」はそこまではいかないけれども、途中何度かチキン肌になった面白さ。

火車 (新潮文庫)
火車 (新潮文庫)

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ただミステリ好きの人がミステリを期待して読むと、肩透かしだろうな。
聞き込みが進むに従って、ぞくぞくするような展開にはなってくるんだけど、
別にトリックもアリバイ崩しもないし。(だから「このミス」1位というのはちょっと疑問。
もっとミステリらしいミステリの方がふさわしい気がする。)

しかし本当に達者だ。書くべくして書いている人。

自己破産者の生活・カード破産の(当時の)現状に相当な分量を費やしているのに
それを弁護士のレクチャーとして書いているから、非常に要領良く説明が出来ている。
こういう内容を書くなら、ずいぶんゴツゴツした話になりそうなのに、
散りばめた味付けがマイルドで旨みがある。骨と肉のバランスがいい。
他にもたくさんの要素を並べて、それを破綻させない上手さと言ったら……

ただ、こういうテーマだと、やはり古くなるね。
書かれた当時より自己破産の認知は進んでいるだろうし、ポケベルが出てくるとやはり気になる。
昨今は個人情報の取り扱いが段違いに厳しくなっているから、いくら警官とはいえ、
休職中の身であそこまで聞き込みで情報を仕入れることが出来るとは思えない。
他人に履歴書を見せるなんて、今はもうどこもやらないだろう。
現代を舞台にして古くならない小説なんかないだろうけど、残念ではある。

登場人物はもう少し整理出来たような気がするが……しかしこれだけ人物を出しまくって、
つけたしと感じる存在がほとんどないのがすごいな。
ちょい役だけども、関根彰子さんの幼馴染のタモッちゃんの奥さんである郁美さんが良かった。
郁美さんが「タモッちゃんは幸せだもんね」と言う、そのセリフが良かった。
文庫で言えば295ページの。そういう台詞を言わせる宮部みゆきは好きだ。
……が、293ページのようなエピソードを書き、解説の佐高信に褒めさせるような、
そんな宮部みゆきは嫌いだ。心情描写が達者なのはいいけど、あのエピソードは
別に入れる必要があったとは思わない。
これは好みの部分だが。

わたしの疑問は、本間の妻の従兄の息子である和也が、なぜああいう嫌なヤツに描かれ、
その後全く姿を現さないのかということ。
最初から最後まで主要登場人物として出てくる方が自然だと思うのだが。
本間が全然連絡を取らないというのも普通はちょっと考えられない……
きっかけにしか過ぎないのなら、もっと遠い繋がりとして設定した方が良かったね。

それから、タイトルの「火車」は、もう少し素直な付け方の方が良かったのではないか。
内容とあまり合っている気がしないなー。
わたし好みのタイトルではなかった。……よく考えてみると、宮部みゆき作品のタイトルは、
わたし好みではないものが多いかもしれない。ブレイブ・ストーリーとかね。は?って感じ。

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つまらない作品は「これこれがつまらなかった」と積極的に理由づけするけど、
面白かった作品は、結局「面白かった」で満足してしまうんだよなー。
面白かったんです。色々文句を言っているように見えますけど。

でも、出来れば500ページくらいで書いて欲しかったかなー。
600ページが冗漫だったというのではない。が、わたしは小説は(とりわけミステリは)、
一気に(せめて一日で)読まなければ面白さも半減すると考えているので。
この作品の場合は読了まで3時間半。
1日のうち3時間半を読書に充てるというのは、色々きついのだ。
600ページを500ページにしても、この人なら面白さを落とさず書けると思う。
出来ればもう少し短く……

それから、やはりラストが。
たしかにプロっぽい。プロっぽくてかっこいいけど、……やっぱり読み手としては、
最後に肉声が聞きたかったなあ。あのまま続けると火曜サスペンス劇場になるかもしれんが。
折衷案として、その達者な筆で表情を上手く描写してくれるってのはどうだったろうか。
主人公とシンクロしてたからこそ、読者も思っているわけでしょ、
「君と話したい」と。
もうちょっとサービス精神が欲しかった。

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