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◇ 高橋治「紺青の鈴」

惜しい。全く惜しい。

初高橋作品「星の衣」から数えて、この本で小説としては4冊目なんだけど、
読むたびにいつも惜しいと思う。もうちょっとなのにな。

この人は日本の伝統分野について書く。
例えば沖縄の織物や長良川の鵜飼、おわら風の盆、九谷焼など。
調べて書くのが商売なんだから、その部分にあまり感心する必要はないかもしれないけど、
それぞれよく書いている。専門家が満足するほどの深さまでは把握してない気配はするが、
少なくとも対象と親和しているように感じさせる。
こういうものは土地の空気感、人々の気質、伝統物そのもの、全部を書かなければならないが、
この辺がとても成功している。難しいことだと思うのに。

こういう風に書くためにはその対象を愛さねばならないから。
調べて書くのはまあ、あえて言えば簡単なことだ。でも愛するまではなかなかね。
好きなことを主題にして書いているんだから当然でしょ?という意見もあるだろうが、
「ちょっと好き」程度では原稿用紙何百枚と書き続けるほどスタミナは保たない。
織物も、焼き物も、土地の踊りも、伝統というジャンルでくくれば同じに思えるかもしれないが、
当然それぞれ違うもの。これらを愛せる作者の趣味の広さを祝福したい。

だが、ね……
惜しいと思うのは、彼の小説の恋愛部分なんだよ。
ここがなー……。魅力的じゃない。せっかく主題は美しいのに、恋愛部分はなんであんな風に
型にはまってしまうのかのう。いや。型にはまっているというのは不当かな。
でもなんか、話をそういう風に持っていくことが当たり前だから作っている部分だというか。
恋愛部分にあんまり必然性を感じないというか。ルーティン。
うーん。この人、元はテレビ出身らしいんだけど、テレビの俗な文法がそのまま出て来ているように
感じられて仕方がない。偏見かなあ。

わたしは基本的に主観で良し悪しを語って悪びれる必要はないと思っているが、
この人の恋愛部分に関しては、悪いとまでは言えない。この部分に魅力を感じる人もいるだろう。
ただその俗っぽさが……好みじゃない。

今回は九谷焼の有名な陶工のお嬢さんが、父親の(絶縁関係にある・親子ほど年の離れた)
弟弟子に弟子入りし、焼き物についての様々な教えを通してその人物に惹かれていき、
愛情が成就した(=肉体関係を持った)途端に、その相手は痴情殺人で殺されてしまう。

……恋愛部分を簡単に記すとこうなってしまって、うーん、やっぱりわたしは嫌だなあ。
分量もそれなりにあるし、話としてもうまく出来てるとは思うから、
全部とっぱらえとも言えないのだが……うーんうーん。
でもわたしは恋愛部分はもっと素朴でさりげない方がいいと思うの。
この話のなかには、ごく素朴な恋愛になりそうな別な人物も出てくるんだしさ。
恋愛部分さえ何とかしてくれれば、伝統部分はすごく好きなのになー。
好きな作家になり得るのに。

本作では九谷焼のことが当然メインだが、他にヒロインが着る着物についての言及も多く、
それも楽しかった。織物や着物にはほぼ不案内だから、牛首なんて言われても
さっぱりイメージが湧かないのだけれども。知っていればもっと楽しめるんだろうな。
黒百合から美しい緑が染められる。という話がちょっとしたエピソードを形成しているが、
黒百合って、ほんとにそんな多彩な色が出るものなのだろうか。
こういうところで事実から離れたことは書かないで欲しいと思うけどね。
知識のある人には単なるファンタジーでも、無知なる者は信じてしまうのだから。

ああ、それから。
序盤、家族間の心理の読みあいは声を出して笑ってしまった。そこまでウケさせようと
思ってたわけではないのかもしれないが、面白かった。
あれは県民性なのか?それとも個性?
あれを県民性だと勘違いしそうになっているわたしを誰か止めて下さい。

紺青の鈴 (角川文庫)
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