これ、装丁が反則ですよ。
見れば一目でわかる、「地球の歩き方」の丸パクリです。
やるかねえ、こういうことを。押しも押されもせぬ人気作家の恩田陸が。まるでパチもんではないか。
初恩田陸がこの本でいいのかなあ。不安。
一応この本はイギリス・アイルランド旅行記なのだが、正直言って、旅行記としての面白みはほとんどありません。
イギリス観光のあれやこれやなんかほとんど書いてないし。
イギリス編が終わって、アイルランドへ移動する箇所までさしかかった時なんか、
「おいっ!もうイギリス終わりかいっ!」と内心叫んだくらいだし。
そもそもイギリスで彼女たち(恩田陸と編集者K嬢)はどこへ行ったんだ?
ぱらぱら見返してみると……ストーンヘンジとソールズベリ大聖堂には行っている。
テートモダンとテートブリテンにも行っている。それからパブと列車と。しかしそれだけ。
いや、他にも行った所はあるのだろうが(初イギリスでこれだけなら、わたしは他人事ながら
もったいない!と怒りまくるぞ)、取り上げて書いているのはだいたいこれだけ。
アイルランドにいたっては、出て来る観光地はニューグレンジの丘とトリニティ・カレッジ図書館しかない。
あとはパブとミュージック・ショップと。表紙を「地球の歩き方」にしたのは、何かの反語か?
しかし旅行記としての価値はなくとも、ごく普通のエッセイとして面白かった。
最初はヤだったんですよ。「自分がいかに飛行機に恐怖しているか」ということをジクジク書き始めたからね。
うわ、これが延々と続いたらたまらんぞ。しかもエッセイを書きなれてない小説書きって、
エッセイが壊滅的につまらない人もいるからなあ。大丈夫だろうか。
わたしの心配をよそに、飛行機の恐怖からほんのちょっとずつ話は展開し、
スーツケース屋さん(つまりは鞄屋さんです)に次々訪れる変な客のことになったり、
(しかしわたしは別にその客たちが変というほど変だとは思わなかった。むしろ、その客たちを
変だと思う恩田陸を面白いと思った。)
旅行にもって行く本の選定(選んだ本の紹介だけではなく、候補の本を第3案の組み合わせまで
挙げて、あーでもないこーでもないと論じるとか、
ちょっとずつ恩田陸の輪郭が現れて来る。そして思う。……何かこの人、変だ。
この変さ加減が微妙にツボにはまってくる。
基本淡々と書いてはいるんだけど、ぽろりとした一言とか、ちょっと横道にそれた話題のズレ具合とか……
ニヤニヤ、クスクスが地味に続き、ついにぶふっ!と吹き出してしまった箇所もあるのだが、
これはまあ地元ネタだから特別おかしかったのかもしれない。
恩田陸って、こっちの人らしいんです。経歴からすると地元意識はあるのか?という気もするが、
「郷里宮城県」と書いてあるところからすると、やっぱり本人的には地元なのかね。
話はあっち飛びこっち飛び。
「ミステリの探偵役として面白い有名人は誰か」を考えてみたり、
(マザー・テレサとかガンジーを挙げた後で、彼らを主人公にした場合の話の書き出しまでを
書いてしまう。こういう本職的小技を無造作に使っちゃう所、ちょっと感心。)
飛行機=人間を食う怖い生き物という妄想をして、罠だ!と(内心)叫んでみたり。
アホなことだけじゃなくて、ブリティッシュ・エアウェイズのCAから
「家畜人ヤプー」を連想し、(……これもどうかとは思うが)そこから、
サービスの性質→研究対象への感情移入→最近の子供における感情移入の不慣れ・困難
などに話を広げ(論理的にかっちりしているわけじゃないけれど、その話題の展開具合も
少々アクロバティックで楽しい)、ぎくっとさせられる一言が挿入されたりもしている。
それから、この本には書き手本人がつけた注が1ページに1つあるかないかの頻度で
出て来るんだけど、ここでも時々突発的に笑わされた。
だって「大村崑」の注がたった一言「オロナミンC。」ですよ!?なんという必要にして充分な注であろうか!
(年代によっては「必要にして充分」とはいかないけどね。)
ちなみにその次は種村季弘の注なのだが、「まだ誰も全貌を把握出来ない巨人で怪人」と書いてある。
これにもにやり。
「書くべくして書いている人なんだな」と思った。久々、怪体なエッセイを読んだ感じ。
最近、まともなエッセイしか読んでなかったので忘れてたけど、
本来「物書き」は怪体な人々である。彼らは必ず怪体な尻尾を持っている。
物を書く時、盛んに蠢く。それで人を騙すのだ。
この尻尾、出来れば大きい方がいいね。その方が、とてつもない話が読めそうな気がするじゃないですか。
やっぱりフィクションは読み手を心地よく騙してくれてなんぼだよ。
まあとにかく総合的にはなかなか面白かった。
しかし書きなれてしまうと損なわれる味が含まれているような気がするから、
恩田陸にはあまりエッセイの類を書かないで欲しいよ、と勝手な注文。
……ところで、最初にエッセイを読んだのは失敗だったかなあ。
自分で選んどきながらなんだけど。最初はやはり小説にするべきだったか。
なんかこのエッセイの存在が、初めての小説作品に対する素直な読みを邪魔しそうな気がするんだよね。
良くも悪くも。
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