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◇ 高野史緒「ムジカ・マキーナ」

なかなか凝った衣装をまとったエンタメなのか、あるいは捻らない作りの非エンタメなのか、
読み始めはちょっと迷った。前者ですな。濃い系文章を取っ払えば、
ストーリーは元気に飛び跳ねて、サービス精神旺盛だもの。

佐藤亜紀のデビュー作を読んだ時にも思ったことだけど、この人もデビュー作のわりに好き勝手に
書いてる感じだなー。あまりの無造作ぶりに驚いてしまう。
歴史上の人物を多数登場させ、架空のキャラクターと自由に絡ませている。歴史的事実をひっぱってきても
立ち入ったことは書かないので、ほとんど制約を受けてないみたい。美味しいとこ取り。

無造作といえば、パラレルワールドがあまりに当たり前のような顔をして書かれているので、
思わずSOHOの歴史(在宅ワークではない。ロンドンの繁華街のソーホー。)を
確認してみなければいけないか、と思ったくらいだったよ。
タイムトラベル以外での現代と過去の混交としては、奥泉光「坊ちゃん忍者幕末見聞録」を思い出すけど、
あれとは違ってストーリーを現代に持って来る必然性がある。……必然性はあるけど、蓋然性はないのだが。
いや、でも何の気負いもなく繋いでて、そこに「へえ」と思った。

実はこの作品、本屋に平積みになっている頃から相当に気になっていた本なのだ。
まずタイトルに食指が動いた。「ムジカ・マキーナ」。……これが「ミュージック・マシン」とか
だったら絶対に読む気にならないんだから、タイトルって大事ですねー。
文庫化した時の表紙もけっこう良かった。(それに比べて単行本時の装丁はなんなのだ。好みの問題だけど。)

読んでみて、全体的な印象はなかなか良い。時代物が好きなので、醸し出される雰囲気だけで、ある程度まで満足。
あまり細部まで勉強して書いたという印象はなかったが、作者が自分のものにしている知識でいけたんだろうな。
すらっとひっかかりなく読める。書きなれてる文章だと感じた。
時代考証とかはまあいいか、という気になる。だって突然パラレルになる話だし。
(ちなみに、この作品の中でナポレオン三世は突然「月にかわってお仕置き……」という台詞を言います。……おいこら。)

著者の興味の対象の広さを感じて、それも印象の良さに繋がっている。
音楽に関して書いている部分はかなり言葉を並べているけど、衒学的とまでは感じない。
濃い系文章のわりに、内容がシンプルめなのが好みなのかもしれない。
そう、いかにも色々な知識を詰め込んで書いたように見せかけているけど、
実はけっこうストレートなエンタメですよ。大陸とイギリスを股にかけ、探求し、冒険し、
駆け引きし、って話なんだから。キャラクターもあまり過剰なところがなく。
すごく好きになる話じゃないけれど、ふむふむ、と頷きつつ読める。
他の作品も読んでみようと思える。

が、蛇足だけれども、ちょっと不安が……
キャラクターが男性ばっかりの小説書きって、元々同人系のオソレがありませんか?
今、このキャラクターのシリーズ、4作目らしいんだよね。
篠田真由美も、最初に読んだ本はかなり好印象だったのに、3作目くらいでシュミを露呈してたからなあ……
この作品は抑制がきいてるところに信頼感はあるけれども、今後この冷静さを保ってくれるのか否か。
心配。

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