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◇ ヘッセ「ガラス玉演戯」

ヘッセは高校の頃にけっこう好きだった。……はずなのだが、今思い返して確実に読んだという記憶があるものというと、
「車輪の下」「知と愛」と「クヌルプ」くらいか。しかも前二者については全く覚えてないな。
でも「クヌルプ」は大好きだった。これだけはごくたまに読み返していた。

「ガラス玉演戯」は――
吉村萬壱という作家が、とある場所でこの作品のことを「ものすごく美しくて理知的」と
言っていたので読んでみた。常々美しい作品にめぐり合いたいと思っているので。
面白い作品はそれなりに数があるけど、「美しい」はなかなかない。

http://www.webdokusho.com/rensai/sakka/michi44.html

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たしかに、美しいと言っていい作品かな。
目を瞠るような美しさとまでは言えないけれど、心に染みる、ほんのりとした光を感じることは出来る。
とりわけ美しく感じたのは、音楽名人の描写と、彼とクネヒトとの関係。
高齢になった前音楽名人に会うところなんかは、やっぱり輝きを放っている。
「君はつかれたね、ヨーゼフ」
この言葉がどんなに優しく響くことか。

だがわたしの場合、あまりドイツ的物堅さには魅力を感じないので、
もう少しさっぱりと書いてくれたら更に印象が良かったかもしれない。
それでもこの長さでも、さほどまどろっこしさを感じずに読めた。なつかしくも感じた。
お気に入りだった「クヌルプ」と、作品のボリュームはだいぶ違うけれど、雰囲気は似ている。

ヘッセは現実に添わせたファンタジーが好きだね。
(というより、本人はむしろファンタジーに見せてリアルを書いているのかもしれないが。)
象牙の塔の国、カスターリエン。世界の一隅を占める学問の国。この話はそこに生きた
ガラス玉演戯名人、ヨーゼフ・クネヒトの一代記。訳者あとがきによれば西暦2400年頃の設定らしい。

ほんとに、ドイツ人はしんねりむっつりよく書くよなあ。
ゲーテの「ウィルヘルム・マイステル」もそうだが、とにかく言葉を連ねる。
章と章の間には過ぎ去った時間が存在しないようだね。
その叩いても引っかいても、びくともしない頑丈さがドイツ作品の真骨頂なのか?

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タイトルにもなっているガラス玉演戯なるもの、その実体は作品の中で明らかにされない。
もちろんあちこちで言及はあるものの、その時々で説明のされ方が違い、全く別のことについての
説明のような気さえする。ヘッセ本人も、彼の記述を全て満たすような具体的な何かを
想定出来ていたのか?と疑問になるような存在。
わたしは、最初はガラス玉を使った、手品のようなものを想像していた。しかし読み進むうちに、
曼荼羅のデザインのようなものを考えるようになった。吉村萬壱は「学問・音楽・瞑想を組み合わせたような」と言い、
訳者あとがきでも「特に音楽と瞑想とを組み合わせた演戯」としているが、本文で、

  当時、演戯は、たとえば後期ゴシックあるいはロココ時代に建築芸術や装飾芸術が
  到達したような、華麗で豊かな装飾法に達していた。

などと書かれていると、何かしら物体を伴うものであることが必要とされる気がする。
それに加えて、年次発表会のようなものが国をあげて行われるとなると、
パフォーマンスとしての「動き」も必要になって来る。
最終的にはデザインされた何らかの「物」が残り、
それを作り上げて行く過程を他人の目にも楽しませるような形で作り上げたもの……
わたしはそんなものをイメージしている。しかし実体はわからない。

暇な時、ガラス玉演戯とはなんぞや、ということに思いを馳せるのは面白そうだ。
いないかね?どっかの文学部にそういう研究をしている人。文章があるなら読んでみたい。
まあ、正解が出せない上に、発展性もないので、それで論文を書くわけにもいかないだろうが。

しかしこの作品、最後の終わり方が……
素で「ええええええ~?」と叫んだ。この終幕は思いも寄らなかった。
あまりに唐突で……いや、これはこれで、まあ納得出来る終わり方ではあるんだけれど。
でも多少のやりきれなさを残す。クネヒトの人生の意味を、つい考えてしまう。
そして、人生なんてこういうものかもしれないな、などと思う。月並みな言い方だけど。
書物の中の人生はかなりの確率で完成するけど、現実においては多分ほとんどの場合、
人生は完成しないものなのだろう。
ちょっとした楔を心に残した。

ちなみに、これは復刊comによるブッキングからの出版。こういう本が再販されるのは嬉しいね。
本屋で、一山いくらで買える本ばかりではなく。長い時間に紛れて消えてしまった本にも
良書は沢山あるはず。それが生き長らえたのが嬉しい。
……山尾悠子の「仮面物語」もぜひよろしくお願いします。

あまり大きな部分じゃないけど、訳で気になった所が2ヶ所。
この「名人」って、多分マイステルの訳なんだよね。ガラス玉演戯名人、音楽名人はいいけれども
……宗団名人というのはちょっと無理があったと思います。
原文に縛られず、宗団幹部あたりにしておいた方が良かったのでは……
それから付録の「ざんげ聴聞師」で、お前と呼びかけながら、語尾は丁寧語ってのはやっぱり
変だったと思います。――「お前はあのとき、私がお前の言いなりになることを、あらかじめ
知っていました。わたしはざんげする前に、お前を知る前にもうそれを約束しました。」
(こう抜き出すと苦笑するくらいに生硬な訳だな)
これも多分、フランス語でいうvousとtuに当たるような単語が使われているんだろうけど、
いくら親しくとも、ですますで話す相手にお前と呼びかけるのは有り得ないからなあ……
せめて「君」くらいにしておけば……

ガラス玉演戯
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