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◇ マーク・トウェイン「地中海遊覧記」(彩流社)その1

一年ほど前に「トム・ソーヤーの冒険」と「ハックルベリィ・フィンの冒険」を読んだ。
たしか前者は「ふーん」という感じだったと思う。可もなく不可もなく。
児童文学の名作としての期待もあったから、期待が外れた分ちょっと印象は良くなかったかも。
後者は嫌いだった。子供向けとしての顔を持つくせに、こういう話なんかい?と思えば腹さえ立つ。
そういうことを抜きにしての感想ならば、「わたしには関わりのない本だ」で済むが。
しかしヘミングウェイがこの作品を、アメリカ文学最初の1冊と位置づけていることを読めば、
何でこれが?とまた腹が立つ。

そして、今回「地中海遊覧記」を読んでまた腹を立てている。
この前に読んだ「ヨーロッパ放浪記」も腹立たしかったけれど、……なんて言うかね。
芸風なのか、性格なのか、本気で思っているのか、単にウケを狙っているのかは知らないが、
この悪口雑言はどうなのだ。

芸風としてウケを狙って書いているのなら、品性が宜しくない。悪口そのものにおける芸は
なかなかのものだと思うけれど、それをもし「売らんが為」書くのなら、それだけの文章ではないか。
一昔前の日本のお笑いは弱い者苛めのアサハカな嗤いだったが、それと通じるようなアサハカさだ。

逆に、本気で思っていることを書いているのなら……タンジールやアメリカ・インディアン、
トルコ、イタリア貧困層に対する遠慮会釈のない悪口雑言が許せない。
解説にもこう書いてある。

  トルコ人やアラブ人に対する彼の罵倒ぶりには、人種差別意識を感じさせるような
  部分すら、たっぷりある。

この人種差別の部分が腹立たしいのだ!
それなのに、フランスのことは手放しで賛美。この態度の違いといったら……
ナポレオン3世とトルコ皇帝アブデュル・アジズに対するトウェインはあまりに不公平だ。
どうしてそうシンプルに一刀両断出来るのか?何を根拠に?
だからアメリカ人は嫌いだと言うのだ!

……と、散々怒ってから、しかしその言葉がまるっきり自分に跳ね返ってきていることは
よくわかっている。短絡的に「アメリカ人は!」などと言ってはいけないのです、ほんとは。
(というか、ほんとは「○○人は嫌い」などというのは無知蒙昧の人が言うことだ。
ある国が嫌い、というのはアリだけれども。)

なんと言っても、マーク・トウェインは1835年生まれ。
わたしの乏しい近代史の知識で拾える関連事項は一つしかないが、
黒人人種差別問題を濃厚に含む南北戦争は1861年からの話。
南北戦争も単に「奴隷解放賛成=正義の味方=北軍」VS「奴隷制継続=差別主義者=南軍」
という図式ではないそうだが、まあそれを抜きにしても、今から100年前に生きた人だ。
今でこそ、人道という言葉もあるし、差別が良くないという建前は一応世の同意を得られていると
思うけれども、当時はきっとまだまだそんな時代じゃない。

日本で言えば江戸時代生まれだからなあ。江戸の最終末期にはどうだったかは知らないが、
日本人が「紅毛・南蛮は人の生き血を吸う」とオオマジメに信じていた時代もあったようだし、
こうなると人種差別どころじゃありませんわ。「化け物扱いするな!」と外人さんが
プラカードを掲げて抗議してもおかしくないのだ。
でもわたしは「生き血を吸うそうだ」と噂をしている日本の町人・村人に対して、
「人種差別をしている!」と腹立たしくはならないだろうなあ。
彼らは昔の人。他国や人種のことなど、何も知らなかった時代の人だと思うから。

そう考えると、マーク・トウェインが腹立たしいのは、彼の現代性にあるのがよくわかる。
江戸時代の人は「昔」と考えるから腹が立たない。「昔」と思えないトウェインには腹が立つ。
読んでいて、140年前に出版された本というのが実感できないくらいだからね。
それはたしかに、生活風俗で時代を感じる部分はあるのだが、精神はね。
人種差別の部分を除けば、その鋭さ・アイロニーは今でもピチピチではないですか。

……が、ここからは短絡的じゃない「アメリカンが嫌い!」の部分なのだが、
このヒリヒリするようなドライ感がどーもわたしは嫌いだ。
わたし自身が多少なりとも皮肉屋なので、皮肉そのものはかまわないのだが。
でも、もう少し薄く笑みを浮かべたような、あるいは傷を与えるにしても
ステッキで突く程度の風刺ならまだしも、トウェインの場合、よく切れるジャックナイフを
弄びつつばっさり、的な容赦のなさがある。
こういう風刺は堪えますよ。時に致命傷にまで至る。

トウェインが時々犯す不法行為は、これはほんとの話なのかね?
ブドウ20房以上を盗んだり……なんだのかんだのと小悪事を働いている。
旅の恥はかきずてってこと?いやだなあ。
もし事実だとしたら、防疫停船を命じられたのにも関わらず、それを破って上陸したことなんて、
とんでもないことだと思うのだが。わたしは小市民的道徳観の持ち主なので、
この辺りが非常に気になる。

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