この本の白眉は「ステンレスの流し台」。
今時、DK、LDKはほとんど定番であり、チラシのマンションや建売の間取りを見ても、
そうじゃない方を探すのがむしろ難しいほど。そして、このDKというシステムの定着は、
ステンレス流し台の存在が支えていた!
……この辺りの経緯をさらりと紹介したいところなんだけど、内容を要約しても
どーも正確さに欠ける記述になりそうだったので止めます。興味のある方はぜひ本書を読んでいただきたい。
何が感動だったかといって、「システム」を一つの「道具」が支えたこと。
つまりステンレス流し台無しにDKシステムはあり得なかったこと。
そして、ステンレス流し台の最大の性能は「美」であったこと。
ステンレス流し台が登場する前の流しは人造石研ぎ出し(略してジントギ)というものだったらしい。
それは暗くて汚くてジメついて、DKのコンセプトにはめ込むのには無理があった。
そこで現在のサンウェーブがステンレスの流し台を開発し、公団住宅がそれを備えていくことで、
快適なDKが実現し、現在に繋がる。
この辺りの章を実際に読むと、当時関わった人のインタビューが読めるので、臨場感があって実に面白い。
わたしは、「美」が大きな役割を果たしたことに感動した。
便利なものが出来て、それで生活が大きく変わったということは色々ある。車しかり、冷蔵庫しかり。
が、機能ではなくて美が、ある大きな流れの決め手になったことは、あまりないでしょう。
そっかー、見た目かー。
この本の中で、公団のステンレス流し台を設計した住宅建築家の浜口ミホはこう言っている。
それまで薄暗くてジメジメしていたところでゴトゴトやってた台所仕事を、もっと生活の
表舞台に出しましょうっていう主張だったわけです。そうしないと主婦は浮かばれません。
主婦のスペースとしての台所を明るいところに出すことで、新しい時代にふさわしい
モダンな住まいがはじめて生まれます。
ということはつまり、現行の女性の立場にも、DK、ひいてはステンレスの流し台が大きな影響を
与えていると……いうことでしょう?
こりゃ驚きますよ。なんということはないステンレス流し台、それがそれほど重要な役割を!
まるで、今までただのおっさんだと思っていた近所の人が実は過去に……うーん、なんだろう?
ノーベル賞をとったことがあるというような驚き。
いや、いくら何でもノーベル賞は大袈裟か。まあ、他に思いつくものがないのでノーベル賞でも
いいことにするが、とにかく「実はすごい人だったんだ!」というような感動。
こういう知識による感動は嬉しい。ささやかながらもコペルニクス的転回。
本を読んで、久々にわくわくすることが出来て楽しかった。
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藤森さんは建築史家で、東大の教授で、ついでに建築家。
著作も多く、わたしもかなり読んでいる。……つもりだったが、数えてみると意外に10冊程度しか
読んでいないことが判明。多分、赤瀬川さんの本などにも頻繁に藤森さんが出て来るので、
そこで何度も会っているような気がするからだろうな。
ま、いずれにせよ、わたしにとっては完全に「コッチ側」の人。非常に親しみを覚える。
建築シロート向けの楽しいエッセイを多く書いている人だが、今回のこれは自分でもあとがきで
書いている通り、珍しく建築専門誌に載せた文章。内容もそれなりに専門用語使用。
でも、これが藤森照信の人気の要因なんだろうけど、全くの素人が読んでも面白く書いてあるのだ。
建築史家である彼の「目玉の冒険」。冒険譚はいつの時代も血湧き肉躍らせるもの。
この人の書くものには、ライブ感がある。
思ったより読んでなかったので、今後もう少し読んでいこう。
この人には、増田彰久と組んだ「歴史遺産 日本の洋館」シリーズというのがある。
すごく良い本なので欲しいんだけれども、全6巻で@3600円はけっこうイタイ……。
1巻だけは持っているけれど、眺めているとヨダレが出ますわ。
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