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◇ 佐藤亜紀「掠奪美術館」

長い間、このタイトルで展開するエッセイはどんなんだろう、と疑問に思っていた。
(リストアップしてから実際に読むまで、けっこうな間があったのです)
掠奪+美術館で連想するのは、大英博物館をはじめとする、収奪によって展示品を増やして来た
大手美術館たち。でも佐藤亜紀は、そういう部分にひっかかるようなまっとうな?人とは思えない。
では、何なのだろう。

そしたら、何のことはない、「掠奪して家に飾って置きたい」という意味でした。
それを何枚か並べたから「美術館」。読み始めて、冒頭で訳がわかってすっきり。

これは図書館で読んだので、手元に実物がなくて、内容に触れられないのが残念だが……
「陽気な黙示録」に引き続き、爆笑(かどうかは多分人による)エッセイだった。
いやー、何度も吹き出してしまった。周りで真面目に勉強していた皆さんにはご迷惑だったか。

佐藤亜紀のエッセイは、話術の巧みさを意識させられる。文章として面白いというより、
読みながらも話し言葉として耳に残る。
成功する「お笑い」は、観客が息を吸った瞬間に面白いことを言うから
どっと沸くのだということを読んだことがあるが、この本を読んでいて、それを連想した。
大きく息を吸った瞬間、「            」とか言われ(書かれ)たら、
やっぱり笑うしかありませんよ。

著作のラインナップから受ける彼女の趣味の方向からして、
お笑いや落語には縁がないタイプのように思うけれども、
実際のところはどうなんだろう。この呼吸は落語なんかに実に近いと思うが。
日本のお笑いじゃなくても、フランス喜劇とかなら影響を受けたこともあり得るのかな。
まあ実際に確認してみようもないことではある。

で、タイトルは「掠奪美術館」だが、実は絵について語っている部分は少ない。
ま、いいところ、絵をとっかかりにして四方山話をしようというスタンス。
気軽な内容。美術面をきっちり期待して読むと、むしろ肩透かしを食わされるかも。

選んだ絵は14枚。ほほー、この辺が好きなのか、と興味深く見た。
多分読者を意識しての結果だろうが、有名どころばっかりだったしね。
実は、最後にモローが出てきたのでちょっとほっとした。
佐藤亜紀、モローは好きそうだ、と以前わたしは考えていて。だが、そんなことを言ったら
「あんなもの!」と斬って捨てられるのではないかというオソレも抱いていた。コワイ。
彼女によると、だいぶ若い頃好きだったそうだ。
その狂熱が冷めてからはさほどでもないらしい。ま、でも少なくともぶった斬られることはなさそう。

彼女のこの類のエッセイを読むと、ツッコミを入れたくなる。
「おい!」「そう来るか!」「えー、そこまで言う?」……相手が本の状態だから
かろうじて口に出さずに済んでいるけど、テレビだったら絶対に言ってるなあ。
もっと言えば、こっちも文字でぶつぶつ言いたくなる。
でもやめとこう。きりがないから。

しかし一言だけ。この本の中で、塩野七生に言及しているところがあるのだが、
その部分を読んだ時、わたしは心の中でこう叫んだ。

「アンタが言うな、アンタが!」

同じや、同じ。何を今更、塩野七生に一歩譲るふりをしているのだ。もう遅いよ。
キビシさでは塩野七生も佐藤亜紀も五十歩百歩ですから!

内容に一ヶ所だけ触れると、ブロンズィーノの「時と愛の寓意」のところで、思わず手を叩いてしまった。(←比喩表現)
「依頼主はこの絵を見てどう思っただろう?」の部分。
ああ、そりゃそーだよねー!こんな絵でも当時のことだから、依頼主がいてお金を払ってくれたはずなんだ。
言われて見れば、それはたしかに大きな疑問だ。
画家の、よほどの心酔者か。何を描こうが気にしない、こだわりのないお金持ちか。
この絵、まあヴィーナス単体はいいとして、キューピッドが怪しすぎるさー。
右側のやたらとご機嫌な顔をした少年もヘンだが、極めつけは蛇少女!
こんなん家に置いたら、夜もおちおち寝られませんよ。よほど図太い神経の持ち主じゃない限り。

※※※※※※※※※※※※

しかし、「掠奪」という点について考えてみると、
わたしは掠奪したいほどの絵画はあまりないかもしれないなあ。
目下世界一好きな絵は、ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」だけれども、家で見たいかというと……
いいとこ、別荘程度なら置いておきたい、といったところかな。
好きな・憧憬の・絵は色々あるけど、毎日顔を突き合わせるのは負担になるような気がする。

結局家に置きたいのは、きれいな日本画とかになるんじゃないかな。
ずっと前、川端康成の所蔵品で構成されたエキシビで見た「秋海棠」をふと思い出した。
画家はたしか牧進……(よく覚えてたな、自分)きれいな絵だった。
あとは三岸節子も欲しいと思ったことがあるなー。彼女の絵もけっこうパワフルだけど。
絵じゃないけれども、板谷波山の器は日々眺めて楽しみたいと思う。

こうやって並べると、ささやかなものだ。(値段的には全然ささやかではないけど)
ま、ダヴィッド「ナポレオンの戴冠」と比べればという意味では。
佐藤亜紀の挙げる14枚の中には、この絵が入っている。
佐藤さんはほんとにそばに置きたいのかなー。コレ。

掠奪美術館
掠奪美術館

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コメント

  1. どるしねあ より:

    こんばんわ~
    こないだ図書館で見つけました。

    佐藤亜紀のエッセイとか評論(?)って読んだことないので
    今度読んでみます。

    この辺の本、値段がべらぼうにしますよね(笑

    ではでは。

  2. umeko より:

    Unknown

    おお、ありがとうございます。

    まあ、他人にとって面白い本でも、自分にとってどうか、ということは多々ありますが……
    (わたしは他人に薦められて読んだ本が面白かったという経験があまりない)
    でも「読んでみようかな」と思っていただけたということは、
    非常に嬉しいことであります(^o^)。

    佐藤亜紀は、間違ってもベストセラーにはならない人でしょうねえ……
    その癖者(誤字ではない)ぶりがまた愉しいわけだが。
    性格の悪い人にお薦めです(^o^)。

  3. puripurizaemon より:

    ファンサイト管理人です。
    こんにちは。

    私も佐藤亜紀のファンなのですが、実はこの本は未読

    だったりします。古本で見つけるしかないですよね。

    umekoさんの書評をみて、早く読みたい気持ちが強まりました。

    ところで、このたび佐藤亜紀氏のファンサイトを立ち上げてみました。

    まあ現状リンク集+スレッドフロート式掲示板だけなのですが。

    ネットで書評などを見かけるとリンクしています。

    こちらのページもリンクさせてくださいね。

    サイトの方にも遊びに来ていただけると嬉しいです。

  4. umeko より:

    Unknown
    はじめまして。

    佐藤亜紀のファンなのか、と自問すると答えは微妙なのですが、

    横目で見守りたいというか、距離を置きつつぼそっと言いたいというか、

    なんというかこう、少々フクザツなスタンスです。

    サイト、拝見させていただきました。

    「飾り気がないのは仕様」なのですね。この一文、少々ウケました。

    丁度今、「小説のストラテジー」を読み始めたところで、

    これを読み終わると図書館にある佐藤亜紀の本は

    あらかた読んだことになります。

    次の作品を読むのはいつになることか。

    ご訪問ありがとうございました。