今まで10冊くらい読んできてこの人の文章が気になったことはないんだが、
この本の最初のあたりは、……雑?と気になった。
でも新聞連載だったんですね。新聞連載だと締め切りも短いだろうし、
推敲に推敲を重ねてではなかろうなと納得した。
面白かったですよ。正直、こういう滋味あるエッセイを書ける人だとは思わなかった。
明治期から昭和初期くらいまでの男性作家が書いていたエッセイの雰囲気があるよね。
こぼれ話的な。エッセイとこぼれ話の何が違うのか自分でもわからないが、
なんか微妙に違うんですよね。エッセイは完全に自分視点での物の見方。
こぼれ話は語りもの的なニュアンスが加わるように思う。
歴史の専門家だけあって、ちょこちょこ啓蒙される部分があった。
一番「おお、そうか!」と思ったのは、
一般庶民に何右衛門、何左衛門、何兵衛という名前がなぜ多いのかということ。
これは前からひっかかっていたのよ。
これがね、磯田道史によると庶民が武士の官職に憧れたからだそうです。
もともと「衛門」「兵衛」とかは朝廷の役所の名前ですよね。それがどうしてそこらの
お百姓さんの名前になっているのか不思議だった。朝廷と庶民の乖離は大きいでしょう。
でもその中間に武士がいたわけですね。武士が台頭した時代の後、
兵衛(ひょうえ)や衛門(えもん)に武士が任命されるようになった。
源頼朝なんかも兵衛佐ですよね。
それが農民の名づけにも使われるようになったと。目からうろこ。
役所として左右があったから、右衛門も左衛門もある。右兵衛や左兵衛は表記としては
あまり見ないけど、卯兵衛や佐兵衛になって残っているのかな。
磯田道史は多分変わった人だろうとは思っていたけど、
この本を読むとなかなか変な人であることがわかります。
まだそこまでの年ではないのに、エピソードをたくさん持っているなと思った。
「こぼれ話」とエッセイの違いはノスタルジックな味わいがあるかないかであろうか。
ノスタルジーもあった。愉しかった。
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