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◇ 恩田陸「蜜蜂と遠雷」

恩田陸の特徴は、そのサスペンス性。

この人はサスペンスにかけては自由自在な人で。
ほんと、その辺を「つまむ」だけでサスペンスを現出させてしまう。
普通の人がのこぎりと釘と金づちで一所懸命創作するサスペンスを、
まるで折り紙を折るように、気軽にあっさりと作りだしてしまう。
それは本当に見事。

が、その部分と対をなすように、この人には明確な弱点もあってですね……
起承転結の起承転、までは本当に上手いんだけど、ほぼ常に結末部分に問題がある。
竜頭蛇尾、尻切れトンボ。まあ致命的なその尻切れトンボがあっても
読み続けているんだから、いかに起承転が面白いかということですが。

その恩田陸が武器であるサスペンス性をまったく使わずに書いた小説がある。
その一つが「夜のピクニック」。
もう一つが本作。

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かなり売れました。まあ直木賞、本屋大賞ですから。
わたしは直木賞はまったく信頼してないけど、本屋大賞には若干信頼している。

……といいつつ、ここ数年の作家は名前も知らない人が多いが。
2000年代は何冊か読んでたなー。「本屋大賞だから読んだ」のはわずかで、
他は別ルートでひっかかったから読んだんだけど、でも趣味が一致したってこと。
本屋さんは「本をよく読む」という意味で、わたしの立ち位置と近い。

本作は人気だったから、「日本で行われる国際ピアノコンクールの話」であることは
事前に知っていた。
ピアノコンクールの話だったら、普通は競争の話じゃないですか。
コンテスタント(コンテスト出場者をそう呼ぶことを今回初めて知った)の競争。
焦燥と苦しみ、光と影、勝ち負け。栄光と挫折。

が、読んでみるとこの話は、競争ではなかった。
「音楽」を――「曲」を書いた話だった。

一応、始まりは定番的に、何人かのコンテスタントの姿を追うところから始まる。

母の死をきっかけに表舞台から姿を消した元天才少女ピアニスト。
ジュリアード音楽院で音楽を学んでおり、師匠である世界的なピアニストから
目をかけられる少年。
楽器店店員として社会人生活を送りながら、最後の挑戦としてコンクールに
エントリーした28歳の妻子持ちの男性。
そして旅の養蜂業者を父に持ち、父と一緒にフランスをさすらい歩く少年。
彼はピアノを持たない。行く先々でピアノを貸してもらい、自由に音楽を奏でる。

この4人を追っていくのか。この4人の争いなのか。と当然思う。
しかし実は、この4人は争わない。それぞれに影響を与え合い、
お互いがお互いを養分にはするけれども、(現実にはあり得ないくらい)争わない。

もうこの時点で相当にファンタジーだ。
蜜蜂少年の設定もかなりキてる。まあ蜜蜂と共に移動して歩く養蜂業者も
絶滅危惧種だと思うが、それに学齢以上の(16歳くらい?)の子どもを
伴うのも無理があるし、行く先々でピアノを借りること自体はあり得るとしても、
それでピアノの天才が十分花開くというのは。

さらにこの少年には、少し前に亡くなってしまった伝説的なピアニストが師匠として
ついており、その守護を「推薦状」――ある意味では挑戦状の形で審査員に残す。
ここだけはうっすらとサスペンスフル。恩田陸らしいところ。

まあこの伝説的なピアニストの存在は上手い設定だよ。
これがあるからこそ、審査員を務めるお偉方と蜜蜂少年が有機的に結びつく。
そうでなければ浮き上がってしまっただろう。この少年の存在は。

しかしこのファンタジーを、恩田陸は現実として書いてしまうんですねえ。
このあたりは本当に彼女の剛腕を感じるところで……。
わたしの中では、恩田陸は作家としてジャイアン並みに暴れん坊です。
作家としての体力がすごい。

そしてそのファンタジーで一体何を描くのかといえば、
「音楽に生きる人」としての音楽家の姿。
――というのが一般的な回答だと思うが、それも違う。
恩田陸はこの作品で音楽を文字で書こうとしている。
わたしはその試みに驚き呆れた。

それも曲ごとにね。
意地悪なことをいえば、その曲部分の描写をじっくり比べてみれば、
そこまで個々の曲を独創的に描けてはいないかもしれない。
でも読んでいてそこは全く気にならなかった。
何度も何度も、それぞれの曲を表現しようとするトライに感心していた。

だって本当に何度もですよ!
4人のコンテスタントを中心に、第一次予選、第二次予選、第三次予選、本選。
単純に考えても16曲。主要コンテスタント以外の曲も描写しなければならないし、
コンクール以外で弾いている曲もあるし、全部で二十数曲。

この二十数曲を何回訊き返したんだろうなあ。
恩田陸はたしか吹奏楽部にいたことがあり、多分音楽は相当聴いている人で、
当然知っている曲を登場させていると思うが、それにしても文章化する時には
聴かねばならなかっただろう。

こういう(二十数曲の文章化)羽目になる話をよく書こうと思ったよねー。
恩田陸が剛腕だという所以。

自分がどう思うかと思って、曲を聴きながら文章を読んでみようとしたけど、
最初がプロコフィエフの2番で次がラフマニノフの3番で挫折した。
プロコフィエフは嫌いでしたね……。ラフマニノフは浅田真央の使用曲でしたかね。
でも曲と文章を実際に答え合わせをするのは、作家には気の毒だな。

そして、文章の平易さ。
わたしはもう少し漢語の割合が多い文章の方が好みだが、難しい言葉を
何一つ使わずに、音楽、楽曲という抽象的な内容を書いてしまうのが上手い。
1冊分、完全に中学履修内容までの範囲内の単語で書いてるよね?

この半分くらいの厚さで、この充実度で、
中学生あたりが読むような作品を書いて欲しいなと思った。
読書の癖のない子でも読む気になるような。
内容自体は本作でもいいけど、さすがに500ページ超二段組を読書初心者に
薦められない。

というところがわたしが感心したところ。
長い話だが飽きずに読めた。いつもの恩田陸と違って、シチュエーションを
転がして面白がる話ではないので、愛読者でも好き嫌いは分かれるかもしれないが、
音楽を書くという意味では相当にがんばっている。
こういうキラキラした話は好きだ。人生の美しいもの。

――だが、後からAmazonのレビューを読んでみると、非常に残念な指摘が。
「ピアノの森」のキャラクターに丸被りだという……。
わたしは「ピアノの森」は、一話を見ようとして「森の中に放置されたピアノ」
が受け入れられなかったので見るの止めたので実際のことはわからないが、
そういうことはやりそうなんだよなー、恩田陸。

今までの作品の中でも、元ネタがあるなと思うものは多々あった。
わたしはこれをそんなに推奨しない。
恩田陸はかなりやり手だから、わかってやってるんだろうけど
(だからこそあれほど多作)ついうっかり出ちゃうのならまだしも、
あまりにもあからさまだからなあ……。

あと、ネタバレだが、本選がメインにならずに大団円になるのが
いいのか悪いのか微妙なところ。
やっぱり人間は本選があるんであれば本選がメインだと期待するもんじゃないかな。
この話はのクライマックスは第3次予選です。むしろそれを予め知ってから
読む方がいいと思う。

この本はまだ図書館では人気です。20冊くらいあるのが、
ようやく借りられるようになったくらい。

これを最後に、わたしはしばらく恩田陸からは遠ざかります。
あと10年後くらいに再開する。
……2017年の本作から4年でもう20冊くらい出してるから、
10年後には、……えーとえーと、70冊くらいになってますかね?
多作もいい加減にしてくれ。

では10年後にお会いしましょう。

――あっ!タイトル。
蜜蜂はいいとして、なぜ遠雷?遠雷出て来た?
本作はまだましだが、この人、タイトルが内容を表してないからなあ……

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