4月から、「世界美術館紀行」に替わって始まったこの番組、なかなか面白く見ている。
物を見る時のポイントをいくつかツボとして紹介するというのは、通ぶりたい人間の
まさにツボを刺激する、少々安易なアプローチではあるけれども、
……しかしそういうシタゴコロは自分にもある。まあ、いいことにしよう。
4回目の放送のテーマは「古民家」だった。
わたしは藤森照信さんのファンなので、擬洋風建築には大いに興味があるけれど、
古民家というとちょっとラインから外れる。嫌いではない。嫌いではないが……
多分、古民家好きの人々のなかにいる、「ライフスタイルとしての古民家好き」が
微妙に気に食わないのだ。なんか”すかした”感じがするじゃないですか。
(というのは全くの偏見です。タワゴトなのでお目こぼし下さい)
古民家そのものは良いものだと思う。旅先で、たまに「○○家住宅」なんていう処を
見つけると入ってみたりもするが、よく手入れがされているところは
ほんとに気持ちのいい空間になっている。日本建築の持ち味(かどうか定かではないが)、
カランとした開放性、開放的でない建物の場合は、どこか艶かしい閉鎖性。
どちらも湿度の高い日本の風土に従って、しっとりした雰囲気を漂わせている。
だが見学する目にとって、古民家が地味に見えるのは仕方がない。
素人が目を止めるのは、凸凹でいえば凸の部分、「突出した部分」であって、
古民家のように、装飾などに代表される主張=突出した部分、がないものは、
とっかかりがない。気持ちいいなあ、で終わってしまう。普段馴染みのない
階段箪笥(というのかどうか知らないが)の面白さなどには気付いても、
柱や壁など、日常的に見慣れたものだと気付かずに通り過ぎてしまう。
そういう意味で、今回の番組は面白かった!
木の使い方が大事、というのは知識として頭には入っているが、実感出来るかというのは微妙。
しかしあの梁を見て驚いた。なんだ、これはー。こんなの見たことないよー。
いくら曲がった木がいいといっても、これは曲がりすぎ……。
まるで前衛芸術みたいじゃないですか!用を成しているとは思えないほど。
誰かの趣味で、わざわざ選んだようにも見えます。装飾に見える。面白い。
それがちゃんと理に適っているというのがいい。真っ直ぐな梁より、むしろ良いとか。
壁の種類も面白かった。
壁塗りの方法も、そりゃ何種類かはあるんだろうなー、とは漠然と思うけれど、
一軒の家で13種類、とか聞くと「ほほー」と感嘆する。またそれがなかなかに装飾的。
「本霞壁」「墨差し壁」「蛍壁」……単に「壁」で済ませちゃいけないな、とひしひし。
感動的だったのは「大津磨き」だった。
すごーい、塗りなのにつるつるで、ピカピカしているー。
こういうの、テレビに教えてもらわなければ、わたしは絶対わからないなあ。
今、ピカピカの壁の素材なんていろんな種類があるわけだし。
実は大津磨きは戦後に途絶えてしまった技だそうだ。
それを甦らせた左官の棟梁がいる。実際塗っている場面は別の人がやっていたから、
甦らせた技法は、弟子や、あるいはほとんど繋がりのない人にも無事に伝えられたのだろう。
技法の継承がなされたことにひとまず安心する。
そして、この棟梁がかっこいいのだ!
御年七十余歳、作業着とはいえ、鼻に管を通した姿だったので、現役から離れて長いのだろう、
という第一印象だった。しかし口を開くと。
「手間がかかるんじゃないんだよ。手をかけるんだよ」
――歯切れの良い口調でこの台詞がポンと言われるのを聞いた時、
あまりのかっこ良さに涙が出た。内容自体はさほど珍しくないものだが、
あの外見、あの口調、そしておそらくあの中身で言われると、心にじんと来るものがある。
大津磨きは土作りからして手間がかかるという。さらにそれを鏝で磨き上げるのだから、
時間がかかる。効率優先の現代社会では、なかなか生き残りにくい存在だろう。
一見似たような、ぴかぴかでつるつるの壁を作るのに、出来上がりに多少の違いがあるとはいえ、
片方は時間も金もかかり、片方はそこそこで仕上げられるということになれば、
ほとんどが後者を選ぶことは責められない。
しかしそれでも、前者の息を吹き返させた人がいること、わずかな人数だけれど
注文主として前者を選ぶ人がいること。それはある種感動的な行為だと思うなあ。
「贅沢ってのはそういうもんだよ。……俺が一億持ってたら何をするか
知ってるかい?職人を雇うよ」
棟梁の言葉は、実感であると同時に、職人としての自讃でもあるだろう。
贅沢にも色々種類があるけれども、上質の贅沢を与えられるのは自分のような
腕のいい職人だけだと。そういう意味を含んだ言葉である気がする。
うーん、やっぱりかっこいい。
NHKの美術番組は丁寧に作っているとは思うが、正直に言って、一つの取材で
色々使いまわしをしすぎていて飽きていた。今回のこの番組は、ちょっと毛色の違う、
少し遊びの入った面白いものだと思う。取り上げる素材もなかなか地味で良い。
どのくらい続くかわからないが、質を落とさずに、なるべく長く続けて欲しいと思っている。
秋には関連本が出版されるようで、それも楽しみだ。
コメント