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◇ 北村薫「太宰治の辞書」(円紫さんと私シリーズ)

大好きなシリーズだった。
「空飛ぶ馬」「夜の蝉」「秋の花」は何度読み返したかわからない。
その後に「六の宮の姫君」「朝霧」と続いて、「朝霧」からでさえ17年経ってからの本作。
この作品の存在を知ったのがせいぜい去年の話で、ネットで知った瞬間、
マジかマジかマジかーと呟いたことを覚えている。言うたら混乱状態に陥った。

わたしは北村薫を知ったのはだいぶ遅かった。多分2000年前後といったところかと思う。
最初に読んだのは、シリーズものではない「冬のオペラ」で、
まさかこれを書いたのが中年のおじさんだとは全然思えなかった。
基本的にミステリなんだけれども、心に大事な夢を持つ若い女の子の繊細な心情が描かれていて。
そういう女の子が同時代の心情を表したものだと信じていた。

ああ。北村薫も69歳ですか。

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でも正直に言うと、この作品はあまり面白くなかったよ。
そもそも「六の宮の姫君」以降は文学探偵になっているんだよね。
わたしは文学的じゃないからあまり愉しめない。
それでも「六の宮の姫君」はそれなりに面白かった記憶があるけど、読み返しはしていない。
「朝霧」はどんな話だったか忘れてしまったほど。

北村薫は国語の先生だったし、文学好きの人で、自分で追及した文学の謎解きは楽しいんだろう。
しかし本作では、その楽しさは少数の人にしか伝わらないと思う。
正直、ネタ的に地味すぎる。だいぶ文学好きの人じゃないと食いつけないと思う。

ではわたしは何を楽しみに読めばいいかというと、大好きだったあのシリーズの、
登場人物たちが今どうしているか――なんだよね。
主人公の女の子は、今は高校生の男の子のお母さんになっている。旦那さんもいる。
出版社に勤めて、編集者として自分の好きな仕事をしている。

でもこの作品は、そんなにしっかりとは「私」を書いてくれなかった。
わたしが好きだった繊細な心情も、「私」があんなに好きだった円紫さんも、
ちらっと出て来るだけ。
仕方がないことだとは思う、北村薫が書きたいのは文学探偵部分の内容で、
それを書くためのシリーズだと思っているんだろうから。

だが17年経って、思いがけなく再会させてくれるのなら、もっと「私」を読みたかったよ。
小説として書いて欲しかった。書きたいことを書くために登場人物を使う――
それはそうなんだけど、あまりに書きたいことに偏り過ぎじゃないだろうか。
登場人物の心と生活はどこに行ったのか。と言いたい。

唯一、ちょっと生きてる感じがしたのは正ちゃんかな。
彼女は高校の先生になっている。もうちょっと彼女らしいことを言って欲しい気がしたが。
江美ちゃんは全然出てこない。九州にいると語られるだけ。
円紫さんでさえほんのちょっとしか出番がない。しかもそれほど重要ではない。
ちらりと顔を見せた程度。

17年経ったシリーズを、あの頃と同じに蘇らせてくれと頼むのは酷な話だろう。
でもこれだったら再会しなくても良かったとは思ってしまった。
「あの頃はあの頃」で良かった。
次に北村薫が文学探偵をやりたい時は、普通にエッセイでやって欲しい。
肩透かしを食うよ。ちょっと淋しいよ。

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