この本は爽快(かどうかは多分に人による)な「毒舌」エッセイ。
ふはっ。ふはは。
最初のページからにやにやしながら読み進めていたのだが、18ページにさしかかったところで、
我慢できずに吹き出してしまった。こんなこと書かれては、こっちは笑わずにはいられない。
ちょっと考えてご覧なさい、今日この時点から、現存する全ての作家が一行も
書かなくなったところで、困る読書狂はひとりもいないのだ。むしろ、今度こそはと騙されて
屑を掴まされ、屑の屑たる所以に思い至るまでの時間を浪費する必要がなくなって
大助かりなくらいである。
(「正しい本の読み方」より)
「屑の屑たる所以に思い至るまでの時間の浪費」……
こんなこと、思ってたって書けません。地球のほんの片隅の、ブログというごく安直なメディアにおいてさえも。
それなのにパブリックな「出版物」という媒体で、こういうこと、言っちゃうんだー。
……けっこう愉しい。
佐藤亜紀という人は、少々毛色の変わった作家である。初めて読んだのは半年ほど前だった。
デビュー作の「バルタザールの遍歴」。
デビュー作でこれ、かあ……。普通、せめて最初くらいはもうちっと読み手に迎合するものではないか。
半分呆れる感じで、このヒト、書きたいこと書いてる、と思った。他に二冊読んだが、その読後感は変わらず。
(”書きたいことを書いてる”は、この場合は好意的な感想)
……とすれば、エッセイでもっと言いたい放題になるのは、当然といえば当然なんですね。
冒頭、いきなりミュンヘンの王宮を「没趣味だ」と決め付けているんだけど、
普通こういうことを書くのなら、読み手の共感を得るために、その理由をまず並べるものじゃないですか。
それなのに、いきなり没趣味で決定ですか~?
(実際は少しあとで理由は出て来るが、突然の決めつけのインパクトが強くて……)
この本一冊、おおむねこういう書き方で、あまり読み手に親切じゃない。もう少し親切に書いてもいいような気が……
これでは間違いなくベストセラーにはならん。
と言いつつ、実は、この言いたい放題がまた面白かったりするわけです。
「無難」を意識して、言葉つきを柔らかくすることは他のみんながやっている。
中に何人か、こっちが呆れるくらい言い散らす人がいてもいいと思ってね。
もちろんその「言い散らし」に内容がなければ、あるいは肌に合わなければ、
読んだ人は腹が立つばかりなんだけど、幸いなことに、わたしはけっこうこの毒舌が好きだ。
少なくとも、この一冊分は。
しかし正直に言えば、内容が、多少高等―高踏的。このくらいで高等と言うのは癪だが、
実際知らない言葉も多かったしねー。「悪童日記」なんて読んでないし、
オクターヴ・ミルボーの「責苦の庭」で論文を書いている不思議な女、と書かれても、
どんな風に不思議なのかぴんとこないし。エッセイ28章の中には、
映画の話も頻繁に出て来るが、わたしが見たことのないものばかり。
興味の方向がもっと合っていたら、もっとずっとにやにや楽しめるだろうなあ。
内容の半分はぴんとこなかったり、納得できなかったりなのだが、
「そう!そうそう!」という部分もまた多かった。
(すっぱり自分の旗色を鮮明にしているから、読み手としては一致点と非一致点を意識しやすい)
「ここが納得だった!」「ここはわたしはこう思う!」……というのをいちいち拾って、書き連ねていくのは、
わたしとしては非常にやりたいことなんだけれど、ものすごく字数が必要なのであきらめよう。
ただ一つ。
単なる「わかるわかる」を引き出すしか能のない小説が、文学と呼ばれる枠におさめられて
提供されているのである。( 同 )
この文で、昨今の感動系小説を思い浮かべた。
わたしは間違いなくエンタメ派だし、そもそも小説をあまり読まないので言う資格はない!のだが、
今は感動系がのさばりすぎているように感じられる。泣ければいいってもんじゃないでしょうよ。
趣味に優劣をつけるのは愚かしい、という建前を腹の底で転がしつつ……
読んだあと、そこからほんのわずかでも自分の世界が広がる、というような作品が良いものなのではないか。
読書人生、ただ気持ち良さだけで終わってはつまらないのではないか。
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こないだの新日曜美術館、ダヴィッドの回にこの人がゲストで出てましてね。
まさかテレビで佐藤亜紀を見る日が来るとは思わなかったから驚いた。
エッセイそのままの早口で、アレコレ語っていましたよ。けっこう面白いことを。
ダヴィッドってところが意外なような。”インテリ”はもう少し周辺部を好むイメージがあるけど?
たとえばモローとか、と言ったら「あんな悪趣味!」などとばっさり斬られるんだろうなあ。あー、コワイコワイ。
いかん。やはりにやにやしてしまう。
こういう人にはずっと、このスタイルで行って欲しいものだ。
年をとったら、もしかして、白洲正子みたいになるかもしらんし。
どうか、がんがん我が道を行って下さい。
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