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◇ 中村弦「天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語」

第20回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

タイトルから、我ながらアブナイと思うほど期待していた作品。
建築の話で見事な幻想風味であれば、それはわたしのツボだろうなあ。
――まあ結果として過剰な期待に応えるほどではなかったのだが、これは過剰とそもそもわかっていたのであって、
着実な、そして若干幻想風味の、佳い作品でした。

幻想というよりはむしろ時代小説か。
明治・大正期を生きた架空の謎めいた建築家を主人公にした、一生にわたる短編集。
謎めいた建築家が作る、謎めいた建築。
“死者と共に暮らせる家”だの“一生住み続けられる家”だの、
ハードルの高い建築にそれなりの回答を与えている。けっこうそれが偉いと思う。
出来るなら挿絵で見たい気がしたけど、まあそれは野暮というものですね。読み手の怠慢でもある。

主役は建築家なのに、建築家自身はあくまでも謎の存在で、そして短編毎に語り手が何人か変わるという少し変格。
短編集としては多少納めにくい形式かもしれなかったが不満はなかった。
登場人物もあっさり気味ではあったけど、過不足なく書き込まれていたと思う。

「鹿鳴館の絵」という短編が一番印象的だったかな。
鹿鳴館は小説の舞台として使われはするだろうけど、こういう風に小説で取り上げられるということはなかっただろう。
その点がちょっと面白い。

着実な作りに好感は持ちつつも、しかしこの設定なら井辻朱美に自由闊達に、あるいは山尾悠子にきらびやかに
書いて欲しかったかなと思わないこともない。
推理小説家の迷宮の家は山尾悠子を髣髴とさせる。もっと幻想寄りの方が相応しい内容だった。

天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語 (新潮文庫)
中村 弦
新潮社
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単行本の装丁はなかなか良かったけど、文庫は……
うぐぅ、という感じだなあ。

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