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◇ ウィラ・キャザー「マイ・アントニーア」

アメリカ文学最短コース遍歴中。

だいぶ終わりが見えてきたこの時期になってようやく、これは好きだと思える話に巡り合ったね。
「たんぽぽのお酒」の次くらい。
まあ「風とともに去りぬ」も夢中になって一気読みしたけど、好きというのとは違うなあ。

アメリカ開拓時代の話だと思うんだけど。
本を返却してしまったので時代設定とかよくわからないが、中欧系、北欧系、ロシア系の移民がまとまっているエリアの話らしい。
アメリカで移民と言えばアイルランドのイメージがあり、イタリア、スペインあたりがその後に続き、
中欧やロシアの移民がある一定数いたという意識はほぼなかった。

たしかアントニーアはチェコからの移民だったような……
語り手は移住してきたアントニーアの隣人。隣人って言ってもなにしろ開拓時代の西部だし、
それなりに距離がある。筈。
しかし幼馴染としてよく遊んだ仲。ほのかな恋心はありつつも、深い関係になることもなく、思春期以後はほぼ関係もなかった。

この関係性がデリケートで、よく書かれている。
たしか語り手はアントニーアの4歳下で、でも語り口としてはそんなに年齢差を感じさせないと思った。
アントニーアを賛美し、だからといって物欲しげではなく、しかしその欠点は描写し、
欠点を描写しつつもそれに対して審判を下してはいない。
まさに“そのままの君が好き”という表現なんじゃないだろうか。
恋人にもならないし、なりそうもないし(むしろアントニーアの友人とは付き合っていた時期がある)、
しかし爽やかな甘さのある関係。例えていえば、5月の草原を渡る風のような。

でも成人後はずっと音信不通なんだよね。
そして多分50代くらいになって、語り手は久々にアントニーアを訪ねて行く。
語り手はけっこう羽振りがいい弁護士になっており、だいぶお金持ち、もしかしたら相当なお金持ち。
アントニーアは若い頃に男に捨てられて、私生児を生んで、そして別な男の妻になってその土地で暮らしている。

この訪問はあまりに上手く行き過ぎではないかとは感じるけれどね。
いくら幼馴染でも……30年?40年近くたって彼我の境遇があまりにも離れてしまえば、そう純粋に再会を喜べるかどうか……
純粋に再会を喜べる稀有な間柄という意味なのかもしれないが。
たくさんいる子供たちも、繰り返し思い出話を聞かされて、語り手のことをよく知っている。親しみを感じている。
まあ……ないよね。多分。まだアントニーアの旦那が死んでたりしたらアリかもしれないが、生きてるんだもの。

でもいいんだ。わたしはきれいごとの話が好きだし。
ザラザラした、舌にジャリジャリするようなアメリカ文学から、
ようやくここまで口当たりが良いものになってきたっちゅうことで。
いい人の話が好き。だから訪問の話も幸せだった。
読んで良かったと思った。後味の大変いい作品。

地域の人々の関係の描写は「赤毛のアン」と似通う部分がある気がする。
その他に、移民たち、あるいは開拓民たちの苦労や生活を書いている分大人向けになっているけど。

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しかしどうして語り手の語り手が必要だったかはわからないね。最初からジムが語り始めてもまったく問題ないように思うが。

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