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◇ ハーパー・リー「アラバマ物語」

アメリカ文学最短コース遍歴中。

いや、これは実は相当に面白かったんですよ。
アメリカ文学として読んでいる30冊くらいの中で一番面白かったな。
少年期もの(主人公は少女だが)という意味で、ブラッドベリの「たんぽぽのお酒」を思い出した。
比較したら「たんぽぽのお酒」の方は詩的な分好きだけど。
「風と共に去りぬ」「たんぽぽのお酒」に次いでアメリカの小説としては第3位かな。
シャーロット・マクラウド著作なんかもあるから一概には言えないか。

前半は少年期の夏、後半は人種差別問題を描く。
正直、後半の裁判はいきなり始まった感じで(父の仕事としては前半もちらっと触れられてはいるんだけど)
前半の少年期の夏の話とは繋がりが悪いような気もする。
うーん、そうねえ。言うたらどっちかに絞った方は潔い制作スタイルかな。
でもどっちかしか書かなかったらここまでヒットしなかったろうな。

魅力的なのは語り手である妹、スカウトのキャラクター。
兄と一緒に遊ぶおてんば娘で、利かん気で理論的。男の子っぽい少女。
そしてその父――アティカスもとても魅力的。前半は純粋に父としての姿(母はもう亡くなっている)、
後半は黒人側の弁護士としてやり手なところを見せる。

しかしそのアティカスが全力で当たっても、裁判には負けてしまう。
ここら辺微妙なところを上手く書いてると思ったな。事件は黒人が白人の娘を暴行したというものなんだけど、
物証はほぼない。白人の親子と被告の黒人の供述はまったく食い違う。
そこをじわじわと攻めて供述の矛盾点を引っ張り出すアティカス。

黒人の供述が本当に遠慮がちなところ。攻撃的に「あの娘が俺に突然抱きついてきたんだ!」とか
声高らかに糾弾したりはしない。そういうところに虐げられている人の習い性が出ている。
黒人の弁護をするアティカスに対する風当たり。
この風当りは最終的に、原告のおっさんの、兄と妹への襲撃となるんだけど。
表だって声は上げられないが、白人のなかにもアティカスの行動を賛美する人々もいる。
――当時は実際にそうだったんだろうと思う。

アメリカ文学をちらほら読んで来て、人種差別問題は何度か出てくる主要テーマ。
(といっても作品名とかは全く忘れている)
それにようやく甘さを――といって語弊があれば柔らか味を――まとわせて書く小説が出たということかね。
今まではピシピシと鞭で打つような小説だったもの。

アメリカ文学がドライでビター――それがなぜなのかということを知りたくてここまで読んで来たのだが、
ここに来てようやく一つを得た。

アメリカ文学って告発の文学なんですね。敵に対しての――あるいは内なる敵に対しての。
それはたしかに口のなかジャリジャリするし、ドライでビターだわ。
敵に対して少しでも情がある場合はドライにはならないかもしれない。しかし彼我を違うものとして
認識した上での告発ともなれば、それは容赦はなくなるかもね。

ちなみに日本文学と言えば自己憐憫の文学。……と思いますよ、明治から昭和にかけての
日本文学全集のラインナップを見ると。っていうか、今の純文学の大物たちも結局のところそうじゃないか?
マイナーどころは知らんけれども。

ところでWikiで作者を調べてみてびっくりした。
ほぼ「アラバマ物語」だけの作家なんだね。
しかもその関連作品を数十年ぶりに今年発表したんだってね。このタイミングでなんというめぐりあわせか。
英語で読むか!?と一瞬血迷ったんだけど、書評が不評だというのを読んで冷静になった。
日本語訳が出たら読んでみるかもしれない。だが日本語訳が出たことをキャッチできない可能性が高い。
ということは多分読まないだろう。

ちなみに原題は「To Kill a Mockingbird」で、“物真似鳥を殺すこと”。
このタイトル……小説の中で説明してくれるのかね?と思いながら読んでいたら、
実に素直に、本文で「物真似鳥を殺すことは罪だ」と書いてあってアリガタかった。
実際の意味についてはWikiをどうぞ。
これを「アラバマ物語」にしたのは……日本人にもとっつきやすくなった半面、
タイトルですばりと述べていたテーマがぼやけたので、より一層少年ものとして読んでしまうかもね。

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