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< アレクサンドリア >(テレビ視聴)

実は、もしかしたら「アレクサンドリアカルテット」の映画かもしれないなと思って録画した。
そしたら普通に歴史ドラマでした。
しかしこれが思いのほか良かった。久々にいい映画。

最初はセットだけを見ていた。セットがものすごく良いなあと。
スターウォーズエピソード1を思い出した。あのセットもすごく良かった。
4世紀のアレクサンドリア。どっぷりローマに浸かった街並み。良きかな良きかな。

出てきた人(主役)が美人だったので目に楽しかった。あの学校の空気感は良かったな。
透明で、静謐で、平和で。あの場所をあんな風に描いたことが、まず監督の手柄でしょうね。

話はむしろ胸の痛む……キリスト教の話でした。
キリスト教は、初期の迫害時代はキリスト教側に立って胸が痛むが、
その後はノシてきて、空恐ろしい権力を握ったからね。この映画はまさにその過渡期で……
セラピス信仰の側が、キリスト教勢力を少数派と侮って武力行使に訴えたら、
いつの間にか増えていたキリスト教側に返り討ちにされてしまう。
主人公は伝統的なセラピス信仰の人で、しかしキリスト教徒への武力行使には反対しているが、
結局、一女哲学者などの意見は重用されず、事態はアレクサンドリア大図書館の破壊という破滅に突き進んでしまう。
その後に起こるセラピス教への迫害。

ヒュパティアなる人は初耳だったので、女性の公的地位が低かったギリシャ・ローマ世界で、
男に教える教師なんているわけが……と思ったら実在の人物なんですね。
誰かの母や妻としてではない歴史上の女性で思いつくのはサッフォーしかいない。
へー、と勉強になった。

映画でのレイチェル・ワイズは十分に理知的で美しく、そして破滅に向かう頑固さ、
言い換えれば自分への誠実さを描けていて良かった。とても素敵に見えた。

2時間超の映画なのに、登場人物が少ないのも良かったですね。主要なのは5、6人しかいない。
これくらいなら覚えられますよ。

ヒュパティアをとりまく男たちの中で、結局一番いいヤツだったのはオレステスでしたね。
冒頭は単にチャラい奴だったのに。
数年後、いきなりローマ長官になっているのは安易だが、結局のところ最後まで彼女に忠実だったと言える。
最後の最後は見捨てるわけだが、……地位も命も捨てて、自分のものにはならない女のために尽くせとは言えないよ。
あれが最大限の努力だと思う。

それに対して、最後に急転直下でヤな奴になってしまったのはシュネシオス。
なんだ、あの最後の捨て台詞は!宗教についての考え方の違いを乗り越えて、学問への愛で結ばれた
美しい友情かと思っていたのに!超感じ悪い。

徹頭徹尾感じが悪かったのはキュリロスですね。敵役だから当たり前ですが。大変憎々しかったです。
キリスト教の一番ヒドイ造型。こういうキャラクターを改めて見てしまうと、
「なんであんたたちはアステカやインカを滅ぼした?」と責めたくなってしまう。
キリスト教は逞しいからなあ……。アレクサンドリア大図書館破壊もそれはそれは勿体ない蛮行ですよ。
あの蔵書が後世に残されていたら、どれだけ美しい学問を目にすることが出来たか。

そして、一番上手く立ち回ったのがダオスですね。
どんだけ世渡り上手やねん!という人だった。
大図書館陥落の時に、乱入するキリスト教徒の前に、得物を持って仁王立ちになっているというのに、
なぜかキリスト教徒たちと同化してしまい、信仰ではなくて、むしろ恋がかなえられないもやもやを
神殿破壊によって晴らす。
それがゆえにキリスト教徒と見なされ、その後解放奴隷になってそれなりに安定し、
最後も自分の身を守りつつ、ヒュパティアを上手く死なせることに成功。
ヒュパティア殺害のシーンなんか、……役得?と思うようなやり方だった。

まあそれでも、自分のものにはならない女のために刃物を振り回して一緒に死ぬというベタな展開よりは
良かったのかな。全体的に、ダオスの揺れ動く心の描写は嫌いではなかった。
足にそっと触るシーンは色っぽくて切なかった。

しかしここらへんの恋愛の機微は、話としてはそれほど重要ではなく、
やはりこの映画で見るべきところは、あの時代のアレクサンドリア、でありましょう。
学問の描き方――描き方というには全然足りないけど――も美しかったと思う。
あ、あとセットのみならず、衣装も美しかった。

わたしはねえ……
自分の信念を口にする勇気を試される時なんて一生来ないで欲しいと震えていますよ。
遠藤周作の「沈黙」の世界にしても、映画「ヴェニスの商人」にしても、
初期キリスト教においても、この映画においても、
自分の信じるものを自ら裏切らなければならないというのは、人間として一番辛いことなのではないだろうか。
ヒュパティアもオレステスも本当に哀れだった。
そんな場に身を置くことがないことをわたしは祈る。

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