著者名をもあい・はづきと読んでいて、もあいってのはあのモアイなんだろうから、
ああいうのをペンネームにしようとする人は中身はともかく、文章的にはユーモラスなんだろう、と
勝手に思っていたところ、さいしょう・はづきでした。
そして文章もガッチリ評伝。マジメな感じ。全然違うやん。
星新一は、イメージとしては遠い親戚のおじさん……とまで近くはないけど、
昔から親しみを感じる人。兄が好きで、だいぶ読んでたものでね。
たしかに大人になってからは読んでないんだけど、子供向け作家と思ったことはない。
含蓄がある話が多いじゃないですか。
書きぶりと和田誠の線の簡略化されたイラストの相乗効果で、読んでない人にはそう映ったのかもしれないけど、
実際に読んだ人が子供向け作家だと思ったとは思えない。
なんでこんなに力説するかというと、そういう意見もあると聞いたから。
多分わたしが読んだのは中学生の頃。長編と別ジャンル以外はだいたいのものを読んでいるつもりでいたが、
wikiでざっとタイトルを眺めたところ、はっきり記憶にある書名は4分の1くらいだろうか……
久々に読みたい気分になってきたが、いずれ全集で読もうか。
……うわ、何、全集ってないの?星新一に?
なるほど、それは冷遇されているわね。
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まず星製薬が、わたしが思っていたよりもはるかに巨大企業だったことにびっくりした。
わたしが星新一の作品を読んでいたのは多分彼が40代とかに書いた作品で、
本人はおそらく50代。もう功成り遂げてたし、SF仲間と楽しそうにつるんでいた頃で、
その頃に「御曹司だから」「育ちがいいし」「星製薬の」と対談の端々で言われてはいたけれども、
わたしにとっては星製薬は、昔そんな会社があったのか、という認識。
(今wikiを見てみたら流れを汲む星製薬はまだ存在しているようだ)
製薬会社も大小あるなか、……そんなに大会社だとは思っていなかった。
そりゃ、そんな社会的事件の当事者なら、本人の人格形成にそれはそれは大きな影響を及ぼすよなあ……。
読者だった頃のわたしがまったく知らない話。目を瞠る思いで読んでいた。
父親の星一についても相当な分量を割いて書いてるし、その星一のパワフルぶりもすごい。
すごいという噂は聞いていたが、異常なパワフルさ。むしろ評伝にしたら父の方が面白いかも。
この父の存在だけでも人格的に良くも悪くも影響力絶大であろうのに、高齢だった父の突然の死、
安全主義者ではなかった、多分に山師的なところもあった、星一の事業の後始末。
可哀想だなと思うのは、父が死んだ時に星新一は20代半ばという、とても微妙な年齢だったこと。
多分父とは50歳くらい離れているんですよね。
そして新一は、父の事業に関わって行こうという気持ちはうっすらあったようだが、
その行動は決して積極的なものではなく、なにしろおぼっちゃんでガツガツしてない。
もっと自覚的に後継者たらんとしていたのなら、もう少し会社との関わりも深かったかもしれないが、
実質的に当事者ではなかった。それなのに、当事者
今と当時の年齢意識は相当に変わっているとは思いますが、現代では20代半ばなんて洟垂れ小僧ではないですか。
そして星一はカリスマであり、超がつくワンマン社長なわけですよ。
その人が突然死んで、後に残されたおぼっちゃんに何が出来るか?
そういう風に感じざるを得ない。
……これが新一が10代ならまだ良かったのかもしれない。
曲がりなりにも大人と見なされる20代半ばという年齢が本人にとっては不幸だった。
オヤジも、「死なないことに決めている」なんて言わずに、もう少し常識的に後のことを考えてあげれば
良かったのになあ。
まあこの部分だけでも相当読み応えがありました。
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次に、SFの黎明期についての話。これも今まで読んだことがなかったものなので大変に感銘を受けた。
わたしの頃はSFはジャンルとして確立しており、そんな吹けば飛ぶような頃のSFの話は知らない。
そんな艱難辛苦を乗り越えて来たなんて知らなかった。
今から見れば些細なことのように見える葛藤や、軋轢があったことも。
お気楽に、ただただ面白い小説を求めて、自然発生したジャンルだと思っていた。
だが江戸川乱歩あたりがSFの黎明期に関わっていたことや、安倍公房と星新一がある時期並び立っていたこと、
文学に対する書き手たちのこだわり――今、エンターテインメント小説の書き手は、
文学性なんて問題にしてないと思う。……まあ本人たちはしてるかもしれないが、
読み手は文学性なんてまるで眼中にない。面白ければいいのだ。
と、わたしはそういう風にして読んでいるのだけど、当時はまだ(という副詞が合ってるかどうかわからないが)
文学の呪縛はだいぶ大きかったようだ。
そんな中での星新一の立ち位置。タマゴだったSFの、殻を割って出てきた最初の一人。
光も闇も。彼にまず最初に当たる。
日本SF通史の概略なんてこの本を読まなければまず読むことはなかったと思うので、
今回この部分も読めて重畳。こんなん、書くの大変だったと思いますよ。
こういうテーマならば何よりも自分の視点を定めるのが大変だったと思う。
星製薬や星一についての部分も調べる量は膨大で相当な仕事だけど、
SFという不定形について書く難しさはそれとは別の話。
個人の評伝を狭い範囲で書くならここまでせずに、SF作家たちとの交流を書く程度で
あっさりと流す選択もあったとは思うが、
やはり星新一を書くのなら「SFというもの」の概略もまた不可欠と(誠実にも)著者は考えたんだろう。
頭が下がる。
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終盤は涙なくしては読めない。
今まで終始抑制された筆使いで淡々と描かれて来た人物像の、その抑制がわずかに崩れる。
それまでも冷静な文章の陰からうっすらと顔を出していた痛ましさが、1001話を描き上げた後の
星新一の日常からはっきり表れる。
わたしの印象に残ったことをいくつか。
SF専門誌が次々に刊行され、有望な新人がデビューして多くの読者を獲得し、以前は連日のように
銀座や六本木で騒いだSF作家仲間たちも忙しくなっていく。もちろん彼らは新一のことが大好き
だったし、酒を飲んだり麻雀をしたりすれば、「天皇」「殿さま」といって盛り立てる。小松はいつ
いかなるときも、新一を立てた。新一が社会的な地位や礼儀に厳しい人であることを承知していたため
である。自分がどんなに売れて忙しくしていても、肩を組み、笑い合う友人となっても、公の場では
常に新一に敬意を表した。それは筒井も同様である。小松と筒井の二人が新一を立てる。その様子を
ほかの若い作家や編集者は見ている。ならば、誰が星新一に刃向えるだろう。
「星さんに睨まれたら、作家も編集者も、SFの世界では仕事ができなかった」といった言葉を私は
いくつも耳にしている。では、周囲が持ち上げるのは、処世術としての側面もあったのか。たしかに
星新一は、新人作家にとっても編集者にとっても、恐れられる存在になっていた。現役の作家というよりも、
他人にお墨付きを与える役割を担わされる。四十代にして新一はSF界の長老だった。それは果たして、
作家として幸せなことなのだろうか。 (引用・本文より)
もどかしい、もどかしい、最相葉月の思い。
この部分はこの著書のエッセンスとして引用したわけではないけれども、わたしが一番切なさを感じた、
かっちりとは組み上がらない、人間というもの、作家というのものの痛ましさ。
この引用部分だけ読んでは意味がくみ取れないだろうが。
数々のショートショートの、どれを1001話目と決めたくなかった新一は、
同時に複数の雑誌に「1001話目の一つ」として作品を発表した。
10近い雑誌の、その編集者は、――当時渡された原稿の内容を20年以上経った今、ほとんど覚えていなかった。
人を信じない人でした、と妻の香代子は言う。
人を信じない人の奥さんとしているのは、どんな気持ちがするものだろう。
自分だけは別だと思えるのか。自分も信じられていないと感じるのか。
新井素子と星新一の交流は周知のことだが、思っていたよりももっと親密な感じで微笑ましい。
ほっとする。寂しい新一の安らぎの一つ、希望の一つとして新井素子があったように書いてある。
終盤は、最相葉月の選択の部分で……こんなに蒼い影をまとわせない人物としての描き方もあったと思うんですよ。
彼の成功をもっと書いてもいい。間違いなく持てはやされたし、本人も楽しいばかりではないにせよ、
楽しい思いもだいぶしたと思う。
が、喜怒哀楽の出来事、現実の事象として経験した星新一の数々の出来事の背後に静かに立っているのは、
――最相葉月が見たのは、蒼い影をまとった星新一。
あまりにその側面だけを見てしまうのも危険だと思うから、わたしはそこまで最相葉月の見方に
同調はしないようにしようと思うけれども。しかし影響を受けずにはいられないな。
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わたしがこの本を課題図書リストに入れたのは、たしかWEB本の雑誌の書店員お薦めの本のコーナーで
挙げられていたからだったと思うのだが――今となってはもう探せない。
なので確実なこととは言えないのだが、「筒井など後輩作家への嫉妬が赤裸々に描かれた」という惹句というか、
なんだかそんな文句があった気がする。
あの星新一がどうやったらそんな赤裸々に嫉妬を表せるのかね?というギモン。
読み終わって、赤裸々とはこういう場合に使う言葉じゃないだろう、と思う。赤裸々ではありませんでした。
最相葉月の文章は抑制されている。過ぎるほどに冷静を装った文章なので、暑っ苦しい文章が苦手な人も大丈夫。
読み応えがある本でした。星新一に興味がある人なら、読んで損はしない。
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