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◇ ヘンリー・ジェイムズ「ある婦人の肖像」

岩波文庫で上中下巻。

ちょっと前に「鳩の翼」を読んだが……それと比べればずいぶん面白かった。
「鳩の翼」よりは書き方もシンプルで親切だったと思う。

前半は、登場人物の心情に共感出来るところが多々あり、その辺を興味深く読んだ。
イザベル、ラルフ、ラルフのお母さん、ウォーバトン卿など、――作者はそこまで個々の人物に
寄り添って書いてはおらず、その冷静な視線がむしろ辛辣に感じるけれども
辛辣さの陰に誠実な――というのが言い過ぎならば、真剣な関心を感じる。
登場人物に作者が関心を感じるのは当然のことですけどね。

後半は、心情を丁寧に書いているというのは同じだけれど、それに加えて話に動きが出てくる。
ただし暗さも増してくる。やっぱりすっきり明朗な話は書かない人なんだろうね。

イザベルのキャラクターは魅力的だったと思う。ラルフのお母さんも、実際にそばにいたら
辟易する性格だろうけど、お話のなかでは魅力的。マダム・マールも、……まあ話の大部分では魅力的。
ウォーバトン卿とグッドウッドさんはもう少し書き込んで欲しかった。特にグッドウッドさんは
唐突に話に入り込んでくるが、わたしは彼のことをほとんど知らない。
なので共感出来ない。最後まで共感出来なかった。ここが共感出来れば話がずいぶん違うものになる。

が、書き込んで欲しかったと言えば、なんといっても結婚直後ですよ。
オズモンド氏との結婚直前までと、結婚してから数年後以降、冷え切った関係になってからは描かれるが、
結婚後、オズモンド氏の狙い(というほど複雑なものではなく、単に俗物だったってだけの話)が
わかり、生活がどんどん惨めになっていくさま――小説として、ここのところこそ
書くべきじゃないかと思うが、どうだろうねえ。

結婚直前まで、オズモンド氏は別にそう悪くは書かれてないんだよね。
イザベルの周りの人がこぞって反対するというのが不思議なくらい、特に欠点なく書かれている。
なんでこう反対されるんだろうなあ?と思っていて、次の瞬間には不幸な結婚生活の描写なので、
面食らう。というより「アンタはまたこれか!」と失望する。

どうもヘンリー・ジェイムズのこの書き方は、ギミックというか衒いが過ぎるというか――
ここを書かなくてどないすんねん!
たしかに淡々と続く話の流れのアクセントにはなり得るけれども、わたしはそれより
この部分にがっぷり四つに組んで欲しいぞ。この書き方では大勝負一番を避けたようにしか見えん。

まあその部分は回想として、後でさらっと描かれるんだけどね。
でもさらっとじゃなく――別にどろどろの愛憎劇をぐちゃぐちゃと描けと言っているわけではない――
正面から書いて欲しいなあ。それまでの丁寧な心理描写からすればそれが王道でしょう。

そして、その結婚後の部分は、結局はわかるんだから百歩譲って不問に付すとして、
ラストがねえ。
どんな結末でもあり得るようにおぼめかして書いている。これはヘンリー・ジェイムズ自身が
読者に委ねた書き方をしたと書いたそうだが、わたしのシンプルな小説観では、
作者は自分の思うところを作品に過不足なくしっかりと書き表して、
その上で読者にさあどうだ、と問うてみせる(そして読者はそれに対しての考えをアレコレ言う)
というのがあるべき姿だと思うので、読者に委ねるなんてのは結論と筆記をサボってるようにしか見えない。
書かなきゃ反論も出来ないわけだからね。

「鳩の翼」でもこういう“書かない書き方”が気になったわけで……
それが小細工に見えてしまうんだよね。
まあ今回はほとんどの部分を書いていたので、上記2点以外はそれほど気にならなかった。
総じて楽しめました。

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