予想以上に面白かった。
最初、ジャンヌ・ダルクの話から始まったので、思わず○藤賢一の「傭兵○エール」が
頭をよぎってしまったが……。忘れましょう。あのことは。
実直な歴史物でした。一人称で、軽めではあるんだけど、その軽さが吉と出ている。
フランソワ・ヴィヨンというマイナーな(え?マイナーですよね?わたしは初耳ですよ。
そうですか、太宰治に「ヴィヨンの妻」という作品があるんですか。)人物なので、
かなり自由に書けた部分はあるだろう。
こういう歴史物は、細かく調べて書いたことがお手柄と感じることもあるし、
そこまで細かさを感じさせない方が美点の時もある。今回は後者。
主人公が魅力的だったな。わたしには。
甘美な追憶と共に生きている人に見えた。はっきりとは見えない、しかしきらきらした物を
心底に蔵している人。中原中也の詩を思い出す。
それはしづかで、きらびやかで、なみなみと湛へ、
去りゆく女が最後にくれる笑ひのように、
厳かで、ゆたかで、それでゐて侘しく、
異様で、温かで、きらめいて胸に残る…… (「盲目の秋」)
……詩人の話をするのに別な詩人の作品を持って来てどないすんねん、という話だが、
過去を振り返った時に――おそらく青春はこんな風に鈍く金色に光る。
その金色に鈍く光るものを持った人が詩人なのだろう。
まあ正直、作中で数々引用されるヴィヨンの詩は特に良さげでもない。
これは山之口洋が自力で訳したんですかね?だとしたら、相当労作だと思うよ。
小説を書くことと詩を書くこと、それから翻訳することは全く違うジャンルの話ですからね。
努力賞。
話はちょっと出来過ぎのところがないではないけどな。
特にマリーのところが……そうそうウマくはいかんだろう。
でもここを大仰に書かないのが良かったんだよね、実は。
あまり実直に書きすぎてもさ。現実ではそうそうあり得ない話だけに。
何ならフランソワの美しい夢と解してもいい。泥棒で、人殺しで、詩人である彼が描いた夢。
山之口洋は、これで3勝1敗ですよ。
「0番目の男」の印象が相当悪かったのだが、その後の「天平冥所図会」とこれでだいぶ持ち直している。
「瑠璃の翼」以外は読んでみようかな……。「瑠璃の翼」も力作っぽいんだけど、
戦争物は読みたくないのだ。
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