普段のチョイスとしてはほぼ読まないが、数年前に人に薦められたので(今回ようやく)読んでみた。
名作の誉れ高い作品だと思っていたのだが……
……これ、昼ドラですよね?
文庫本上下巻の、下巻の310ページまでは昼ドラだと思う。そこから一瞬火サス。
最後だけ若干小説として着地。
何しろ、作品の基本大前提からして納得出来ない。
啓造はアホである!!
……まあアホと言わせないように、三浦綾子は細心の注意を払って綿密に状況を積み重ねている。
夏枝の浮気への不信だったり、高木への見栄だったり、犯人佐石への憎しみだったり、
純粋に理想を求める気持ちもわずかにある。
だが、無理だね。わたしは納得できないね。
これは綿密に状況を作り上げたからこそむしろ納得が出来なかった部分。
なぜなら、頭のちゃんと働く人が、じっくり考えた上でとる行動とはどうしても思えないから。
人間、反射的に何をするかはその時になってみないと誰にもわからない。
こんなにも厭世的なわたしでさえ、タイタニックが沈む時にその場に居合わせたら、
人を突き飛ばしてでもボートに乗り込むんだろうと思う。
恐怖に囚われた時、怒りに駆られた時、人間の行動は本能だ。
それは人間も動物である以上仕方がないこと。後になって理性がある状態で、
その行動が怪物的に見えたとしても仕方ない。
だがこのシチュエーションでは、そういう本能に支配された瞬間の判断ではなく、
うじうじと理性を働かせて、その上でなお、陽子を引き取って育てるという決断をしたわけだよね。
それは無理だろう。作者としては色々な面から葛藤を描くことで、「犯人の子を引き取って育てる」
ことを納得させたかったのかもしれないが、そこに理性を介在させては逆効果。
少しでも脳みそがある状態で、
無垢な赤ん坊の人生を復讐の道具に使うこと
犯人の子を育てることで、奥さん以上に自らが今後の人生で地獄の苦しみを味わうこと
今となっては誰よりも大事な息子であろう徹に、同じく地獄の苦しみを味わわせること
この3点を乗り越えられる、という判断をするはずがない。
むしろもっと激情的に、怒りで自分を見失った状態で反射的に子供を引き取る決断をし、
のっぴきならなくなって自分も苦しむ、というシチュエーションならまだ良かった。
それならまだ納得出来た。でも啓造は(子供を引き取ることに関しては)最初から最後まで
決定権を握ったままだし、何度も自省していた。引き返せる分岐点もいくつかあった。
なのにその上で引き取っているわけで、――啓造はアホ。
そしてそのアホがその後何を苦しもうと自業自得なので、話に共感出来ない。
絵空事になってしまうんですよ。物語はたしかにある意味の絵空事ではあろうが、
虚を並べて実を作るのが仕事。しかしその虚の並べ方が不具合だとねえ……。「実」に見えて来ない。
なんかもう、みんな大事なところでオロカというかアサハカなんだもの。
登場人物は普通の人、普通の思考力を持っている人として描かれている筈なのに、
啓造は上記の部分ですでにたっぷりアサハカだし、
夏枝も犯人の子と知った途端、葛藤もほぼなく“犯人の子憎し”一辺倒になった上、
ひたすら(精神的な)男あさりをやり出すクダラナイ女になってるし、
徹も北原さえいなくなれば陽子の心を得られると安易に思い込むし、
……なんでみんなここぞという時に限ってオロカかね?
話の都合だけで登場人物が馬鹿みたいに書かれているように見える。
特に夏枝の心理が……あまりにも単純で困る。
舐めるように可愛がってきた子供が犯人の子と知って、そこまで掌返しをするのかなあ。
これまで育ててきた7年間の歳月の方が重いんじゃないのかなあ。
やっぱり血って大事ですかね?わたしは、親と子は別存在という意識がかなりはっきりあるので、
赤ん坊には何の罪もないという建前を大いに受け入れられるのだが。
むしろ濃密な関係だったからこそ、犯人の血という異物感が受け入れられなかったのか。
そうだとすると、もう少し頭の方の葛藤が描かれていてもいいように思う。
頭では愛そうとして、それでも感情の部分でそれが出来ず、夏枝も苦しむ、というのじゃなきゃさ。
それが……もうあっという間にシンデレラと白雪姫の継母を合わせたような役柄に
どっぷり浸かってしまって。すっかり悪役ですよ。
夏枝が陽子にしたイジワルって、ほんとに昼ドラ。
つーか、なくない?見えっぱりの夏枝が、学芸会の白い服や答辞のすりかえなど、
公衆の面前で陽子が恥をかくシチュエーションに持っていくはずがないのだ。
唯一、この中でまともな人といえば辰子さんだが、惜しいことに彼女も最後の詰めがアマイ。
あんなに鋭い人が、どうして肝心なところだけ気がつかないのか。
まあ彼女の場合は、脇役でもあり、そこまで腹立たしくはないが。
下巻の310ページで、ああ、そうだったか、と思う部分はあり、そこは上手くだまされた感じで
ちょっと良かった。そのおかげで最終盤の印象が少し良くなった。
文章はあっさりしていて、嫌いではなかった。お医者さんたちが日常会話にドイツ語を混ぜるところなど、
辻邦生を思い出させて懐かしい気がした。
だがなあ……。
とにかくひたすら人間関係の愛憎の話ですからね。もうこの部分からわたし向きじゃない。
わたしはこの愛憎関係を、ずっと話の伏線というか前振りだと思っていて、
いつか本筋が始まるのだろうと待っていたら、前振りだけでほぼ話が終わってしまった。
合間には“神の前に人間とは”とか“善とは”とか、それなりのテーマには触れられているんだけど、
それが話に活かされているかというとそうでもない。もっとがっつり結びつけないと単なる飾り。
古今集序にならって言えば、意図雄大にして構成力足らず、という印象は否めない。
まあ初めて読んだ年齢ってのは大事だと思うよ。
わたしは「風と共に去りぬ」が好きだけど、初めて読んだのは高校生の時で、
あれを今初めて読んだら、多分ダメだろうからなあ。
あれもけっこうアホなんですよね、登場人物が。特にスカーレットが。
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