この人は地道な書き手。
初作品の歴史ミステリ「千年の黙 小説源氏物語」を読んでそれを感じた。
なかなか調べて書いてるし、誠実さは伝わってくる。
なので、その実直な部分をとても応援するんだけれども……
ただミステリであれば、わたしの好み的にぜひとも欲しい「鋭さ」は。この人にはだいぶ足りない。
努力タイプの優等生、という気がひしひしとする。わずかに歴史オタク風味。
であれば、ミステリより、今回の「葛野盛衰記」のような歴史ファンタジー小説は
彼女にふさわしいのではなかろうか。
平忠盛、清盛あたりの平家を導入部に、そこからえーと、誰だっけかな、
山部皇子(桓武天皇)の時代にまで遡る因縁話。そして残り4分の1くらいだっけかな、
また平清盛あたりの時代に戻ってくる。
御所に「宴の松原」ってあるでしょう?おそらく作者はあれに目を留めて、この話を作り出した。
それはわかる気がする。あそこは何か不思議な場所だもの。
いやわたしは行ったことはないけど、平安宮の平面図を見てると
なんだろう、このケッタイな空き地は、と思うもの。
周囲ががっつり、当時の豪華建築で埋められてるだろう場所で、ぽつんと残された松原。
何か因縁がありそうじゃないですか。
その因縁を想像したのが、この話。
ファンタジー色はだいぶ強いけど、わたしは嫌いな話ではなかった。歴史小説とはいえないが。
……実は本をすでに図書館へ返してしまってるので、いまいち細部は覚えてないのだけども。
藤原薬子は定説は「妖婦」なんだけど、これはそこまで悪役にはしていない。
意外だったのは、元夫:藤原縄主(ふじわらのただぬし)をけっこう主要な登場人物として
引っ張り出して来てること。薬子パートは彼が狂言回し。
たしかに薬子を書いて、縄主に触れずにおくことも難しいだろうが、扱いがいいので予想外。
縄主の一般的なイメージはコキュですから。寝取られ男。
実はわたしの系図の上の方に縄主がいる。まあ本当かどうかは知らないけれども。
なので、彼をこういう穏和な人物に書いてくれたのは嬉しかった。
薬子とも、心ではどこかに繋がりがあるように書いてあるし。救いがある。
いや、すまん、薬子以前に、話の大元は多治比一族の執念のようだ……。
だが多治比一族って、何もぴんとくるものがないな。そんなに有名な人物もいない。
まあ歴史を扱っていく面白みには、こういう知られていない存在の輪郭を描いていくことも大きいですが。
いやいや、でも宴の松原は多治比一族のじゃなくて、なんだかもっとさらに怪しげな、
何とか一族の勢力範囲ってことにしたんですよね?あ、もう忘れてしまっている。
……この辺、あんまりあれもこれも盛り込みすぎて、いまいち話の興が削がれた部分。
天皇家と、多治比一族と、何だかってさらに奥の一族と、それぞれの思惑を個人の思いと重ねて
描ききるというのは相当な力量が要るが……企図雄大にして力及ばず、という部分がある。
もう少し小さい話の方が良かった。
特に平氏の話は、本当は要らなかったと思うんだよねー。
そもそもの発端が、桓武から清盛へ流れる、その繋がりがこの話を書くモチベーションだったんだろうから、
そういうところに着地させたい気持ちはものすごくよくわかるけど、
「葛野盛衰記」は、平氏と絡ませない方がすっきりしたと思うんだよ。
実際、終わりの方の平氏部分は歴史そのまま過ぎて表層的。教科書から何ぼも出てないと感じた。
この調べものの努力はものすごく買うのだが……。だが……。
もう少し刈り込む努力をした方が、作品はいいものになる気がするのだ。
何でも書く、という意味ではわたしの好きな辻邦生なんかも相当なもんだったが、
彼にも言いたかったもんね。もう少し要素を減らしてみたらどうか、と。
※※※※※※※※※※※※
ついでに、つい先日読んだ、「白の祝宴 逸文紫式部日記」。
まあこれも、地道に書いていてそのあたりはとても評価したい。
だが相変わらず彼女の作品は、くっつけられるものを全てくっつけてしまうから……
そういうところを刈りこめばもう少しかっこいい話になるのになあ。
面白いことは面白いけど、ページターナー的な面白みには欠ける。
それとも洗練は、営業的にも彼女が目指すべきところではないのかねえ。
すごい歯がゆい。もう少し世渡り上手になってもいいのではないか、というような。
あ、でもタイトルの「白の祝宴」はいいタイトルだった。
産屋の白一色は、この本を読んでずいぶんイメージが変わった。
今までは単なる簡素をイメージしていたが、ゴージャスな簡素というのもあるんですね。
コメント