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◇ 谷津矢車「洛中洛外画狂伝」(しかし100ページあたりまで)

ちらっと歴史系テレビ番組に出ていた著者本人が感じ良かったので興味を持って読んでみた。
……が、ダメでした。100ページでギブアップ。

これはねー。佐藤賢一「王妃の離婚」と同じです。

◇ 佐藤賢一「傭兵ピエール」(ただし221pまで)
いやー……びっくりした。あり得ない本だと思うんですけど、これ。一行目から「……は?」と思わせる本には初めて出会ったなあ。  夜の闇に女の悲鳴が轟いた。男たちはすさんでいた。  どうやら小降りになったらしい。鎧戸をうるさく叩い  た雨音が、今...

言葉のチョイスが絶望的に合わない。合わないというより、間違っているんじゃないかと
感じる単語が多い。1ページに1つ2つ、そういう言葉、そういう表現があるから、
その度にひっかかって吟味する……大変に疲れる。

最初がこの一行で始まるんですよ。

異形、よな。

これは初手を印象的に始めようとした――それを狙った文章であるのはよくわかる。
だが、その後に続くのが単に変わった格好をした「異装」(と本人が2行後に書いてる)の
人ってどういうことなの?異装と異形は全然違うよ?

もう一行目でつまづく。これは佐藤賢一みがある……。

1ページ目の最終盤にもひっかかる表現が。

顔を上げた男は自分よりはるかに若かろう。さすがに元服はしているのだろうが、
皺の一つない顔はその若さを雄弁に物語っている。しかし、その男全体に
まとわりついている微妙な陰のせいで、この男の印象は随分と
老いさらばえているようにも見える。

「老いさらばえる」をほんの数年前まで「老いさばらえる」だと思っていたわたしが
いうのもなんだが、若さを雄弁に物語っている皴ひとつない顔が、老いさらばえていては
ダメなんじゃないかと思う。そう思わない?

 

「穏やかな言葉を投げつける」という表現も疑問だった。投げつけるんだったら
「激しい(とか厳しい)言葉」だろう。

 

この男は「信長公と引見したい」と現れた。

 

これは狩野永楽と信長が会う場面なんだけどさ。……引見はしないやろ!
「信長様に引見させていただきたい」ならまだわかる。永楽が「引見したい」って!

 

「何の用であるか。貴様は名に聞こえているとはいえ絵師であろう。
仕事でも乞いに来たか」

 

名に聞こえている「とはいえ」絵師……?すっごくもやもやする。この表現。
「ただの」絵師って意味?というか、絵師だったら訪問の用向きは確認するまででもない。
絵師が来て、意外な申し出をするというのなら物語的にありだが。
むしろそこでわざわざ「仕事でも乞いに来たか」と訊くのが不思議だよ。

 

――というわけで、この時点で本文まだ4ページ分ですからね。
その後も1ページに1つ2つの割合でひっかかるところがあったので、
読むのが本当に大変だった。

これは編集が仕事をしていないのか?校閲が悪いわけではないだろう。
わたしとしては、校閲がこんな言葉の選び方を見逃すはずはないと思うんだけど……

今回図書館への返却まで時間があるのでもう少しは読むかもしれないが、
そこまでしなくても良かろうと思い、とりあえずここで中断。
まあツライ思いをしながら読む必要もね。

この人、他に若冲とか面白そうな人物を取り上げてるようで、
今後読むのを楽しみにしていたのだが、文章がこんなに合わないのでは読めないね。
この人はもう読まない。
時代小説は次に読む予定の澤田瞳子に期待しましょう。

 

※その後、テレビ番組「英雄たちの選択」を見ていたら、初めて京都入りを果たした信長の家来たち500人の服装を見て、京の公家だか誰だかが「異形の者多し」と綴っていた日記が紹介されたので、当時の意味としては「異形=異装」ということはあったのだと思われる。

わたしの不明ではあるが、他の部分を現代文に近く書いておきながら、初っ端だけ近世的な意味で言われても納得出来ないのでわたしは取らない。

 

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