誰かの「文章読本」を読もうとして図書館の検索をしたところ、
文章読本のキーワードでいろんな人の「文章読本」が上がってきて。
ついでだから他の目ぼしい人のも読むか、と6人くらい?の文章読本をリストアップした。
吉行淳之介は3人目。
だがこの本を借り出して実物を手に取った時に勘違いに気づく。
ああ、これ選ですか。合計20人の作家たちのアンソロジー。道理で。
わたしは吉行淳之介を読んだことがなく、特に読みたい気もなかったので、
「文章読本」で読んだことにしたかった。でも吉行淳之介がそういうものを書くというのに
違和感はあった。そういうタイプのイメージがなかった。
そこでアンソロジーだから、ああ、やはり……と思う。
でも、まあ読みました。……まあね。そんなにちゃんとは読めなかった。
わたしは特に文学には興味ないし……。なんで文章読本を読んでるのかって話ですが。
書いてる方も、書きたくて書いてる人が2割、
依頼されたからしょうがなく書いてる人が8割、という感じで。
特に感心する内容はなかった。精読はしてないけど。
そもそもこんな短文で一人一人が文章について語れるわけないのだ。
だがしかし。丸谷才一から爆弾発言が。
わたしがこないだすごく面白いと思って読んだ、川端康成の「新文章読本」、
あれって弟子の代作だったんだって!
……と断言するには非常に微妙な書き方をしている。
丸谷才一の部分でも「代作と言はれている」と書かれているが、
最後の吉行淳之介と丸谷才一の対談で、改めてこんな文章があるんだよね。
(追記。その後、川端康成の「文章読本」は門弟某氏の代作であるという、
当時の編集者の証言を得た。)
――これは誰が誰から「証言を得た」のか?その文の位置的には丸谷才一?
選者である吉行淳之介?対談の構成者であると思われる日本ペンクラブ?
発行者の中央公論社?
丸谷才一であろうと吉行淳之介であろうと、個人から個人が聞いたということだけを
書かれても……という気がする。しかも「文章読本」というのもなあ。
川端康成の本は「新文章読本」なんだよね。
その編集者がどの程度信頼できる人物・立ち位置なのか、そういう情報はまったくないし。
もし丸谷才一が追記したとして、代作だというのならば、
もう少し詳細を書いてもらわないと、信頼するに足る情報なのかどうか判断できない。
「俺がそう聞いた」という話だけでは困る。
まあ自分が感心した本を代作であると言われた反発から言っていることではありますが。
この本で一番面白かったのは最後の対談だね。
相変わらず丸谷才一は切れ味鋭い……それに対して、吉行淳之介はあまりついていけてない
印象を持つが、下手に張り合わず、物柔らかに受け止めている感じがして品が良い。
それでも吉行淳之介を読む気にはならないが。
なにかというと例として銀座のホステスとか、付き合い方とか、
女の話に持って行くところはさすがというかやはりという気がする。

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