これの読みは「ジンザイジマ」だそうです。
読み始めは、もしかしてそろそろダメかも、と思いながら読んでいた。
わたしはこの人の作品はこれで4冊目。だいたい面白く読んでいる。
が、4冊目まで来ると、話の大きな枠どりが同じなので多少陳腐化しなくもない。
でも読んで行くうちに面白さは向上しました。
パズル的な考え方が面白いんだよなあ。
大枠はともかくとして細部を書きこむタイプですよね。その細部を楽しめれば楽しめる。
現実をかなり利用しつつ、ちょっとだけ未来感のあるガジェットを使って話を作るので、
実は5年前発行のこの作品だと、まさにAIの進化具合が現実味を帯びてきている。
これも――前の3作もそうだけれど、アニメ向きだと思いながら読んでいた。
少しキャラクターが地味なきらいがあるから(とはいえあんまり無駄に派手にすると
単なるラノベになるので小説としてはこのくらいでいい)、
アニメではもう少し肉付けが必要かと思うが、絵柄が思い浮かんでくるほどアニメ的。
特にわたしは今「SAKAMOTO DAYS」を見ているので、
あの女の子があの女の子(どっちも名前を憶えてない)に思えて仕方なかった。
そのまんま使えるんじゃないかと思うくらい。
わりとあのテイストでいけそうですよね。
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わたしは昔から思っているんですけど、
大学の就活前あたりで受けた適性テスト、あれの精度をもっと上げるって出来ないかな。
なんだったら実地の試用期間を全国民的に1年くらいかけて受けて、
その上で好き嫌い・得意不得意・能力を数値化して、適材適所を全面的に実施する。
……あまりにも全体主義的すぎますか。
でもある意味で最大多数の最大幸福の可能性があるんじゃないかと思うんですよねー。
力のない人が力仕事を任されるとか、大雑把な人が几帳面な仕事をしなきゃとか。
そういうのってツライでしょ。
好き嫌いって人間のモチベーションのおよそ8割ですよ。
大好きなことをするのであれば、多少のがんばりはきくし、不満も少ない。
たとえばジグソーパズル。あんなこと絶対やりたくない人もいれば、
自分で買ってもやりたい人もいる。
わたしの場合でいえば、バンジージャンプ。何でやりたい人がいるのか理解できない。
でもお金を払ってもやりたい人がいるんですよね。
接客業が嫌いな人もいるだろうし、飛び込み営業が死ぬほど嫌な人もいる。
好きとまではいえないけど、まあ我慢すれば出来るレベルの人もいる。好きな人も。
そしてそこに得意不得意を外部要素として考慮してですね。
数値化して最大多数の最大幸福を満たすような設計に出来ないものかと。
もちろん強制ではなく。
ただ、特定の希望がない人にはその最適の場所に自動的に配属されるシステム。
適材適所をautomaticallyに。
特に人手が薄いところは、高給で対応する。現在の問題の一端は、
体力を使って大変な職業のところが低給だから人が集まらないのであって。
そういうところにこそ高給を出すのが道理だと思うんだけどどうですか。
なんでそうなってないのかな?
逆にみんながやりたがる仕事は低給でいいと思うの。やりたい、と思うことでモチベは
確保されているんだからさ。
AIが今後発達していくなら、数値化も出来ないことはない気がする。
10年前はコンピューターが絵を描く、小説を書くなんて単なるSFだったのに、
現在は認める人は認めているんだものねえ。
わたしは「創作物には意志が絶対的に必要」だと思っているので認めないけどもね。
でも全てをAIにゆだねてしまうのはやはり人間の尊厳を手放す行為なんだろうか。

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