辻由美はここ数年でめぐりあって以来楽しく読んでいる。
本当にちょうどいいんですよね。読みやすく、テーマも興味深く、
だからといってがっつり書き込みすぎることもなく、
好奇心を満足させつつ気軽に読める。
が、10冊弱あった著作を順番に読み終わり、これを読み終わって残り1冊。
2008年に出したのが最後。淋しいですね。もっと書いて欲しい。
だがこの人はフランス語の翻訳が本業だから(著述が本業でないということでもないが)
訳書は2008年以降も順調に出ています。
正直、そんなに興味あるテーマの本もないんだけど、エッセイが面白かったから
訳書も3冊くらい読んでみようかなあと思ってる。
著作と訳書は別物ととらえてるわたしとしては、これは相当気に入ったということですよ。
今回のテーマは昭和30年代を中心に活躍した宮川哲夫。
この本で初めて存在を知った。
「へー、辻由美はこういうところまで興味の範囲があるんだなあ」と思ったら、
あとがきによれば、この本を書くきっかけは町田市立の市民文学館の設立準備の
会合の席上。地域にゆかりの人物の名前として宮川哲夫の名が上がり、
その時に評伝を書く宣言をしたらしい。
けっこう勢いで、だったみたいですね。
でもこの人はだいぶ調べて書くので、読んで面白かった。
普通は幼少期から筆を起こしていくのが常道かと思うが、
宮川哲夫の青年期から活躍するまでをまず書いて、途中で戻って誕生からを書く。
知らない人の伝記だから、そういう書き方をされて興味が続いたかも。
我から苦しんだ人だったようだね。
奥さんも子供もいて、最初は教職に就いて、常識的な生活をしていたようだけれども、
心情的には芸術家。――芸術家ってくくりも乱暴かと思うが、やはり芸術家は
繊細で独尊的で弱い。弱くない人もいるだろうけど。
流行歌の歌詞を書いていた人だったが、「詩」への思いが純粋だった。
詩を聖とみて、詞を俗とみる。……そんな簡単な話だったかは不明だが、
売れるものを書かなければ、という思いと、自分の心からのものを書きたい、
という思いに挟まれた人生だったようだ。
生きるのに不器用でもあり、人との距離の測り方が下手で、誠実な人柄だけれども
酒量は多く、酔うと普段抑えてる本音が沸き上がるのか喋り続けて止まらず、
見知らぬ人を家に連れ帰って来る常習犯だったらしい。
現在とは価値観も違うが、家族は大変だっただろうなあ。
知らない人のことを知ることが出来た。読めて良かった。
石川啄木に傾倒していたらしい。
……その清貧に憧れていた、というのが本人が実際そう思っていたのか、
辻由美の個人的な見解かは知らないが、啄木は清貧というには少々……
いやだいぶ破天荒な生活を送った人だったようですよ。
わたしもまとめて何かを読んだわけではないので詳細は知らんけれども。
作品世界は別として、やっていることはけっこうなろくでなしだったカンジ。
コメント