この人は基本的に小説家だが、ヘンな小説(いい意味で)を書く他に、
俳句の句会の司会をしたり、歌舞伎の入門的な本を書いたり、
古典をリメイクしたり、テレビに出たり、いろんなことをやっている。
こないだ「父」を読んで――これは父を中心に描いたにしても、
小林恭二の自伝だと思っている――その後に読むバラエティに富んだ
小林恭二の仕事は感慨を持って見るようになった。
あの父の息子であることはなかなか厳しいものがあっただろうし、
一概に「父との関係がその後に活きてる」で片付けたくはないが、
やっぱり鍛えられた、知識が増えた、ということはあっただろうなあ。
心中って何?というところから本は始まる。
その議論はそこまで深まらないんだけど、とりあえずこの本は心中の中でも
恋愛死としての心中をのみ、曽根崎心中をテキストとして扱う。
なので「日本心中史」みたいな総論各論がっつりしたものを期待するのではなくて、
心中を軸として、近松、元禄時の恋愛観、花街の風俗、文楽・歌舞伎のあれこれ、
などをいろいろちょっとずつ読ませてくれる軽い読み物として読んで吉。
この本でけっこう豆知識が増えました。特にわたしは文楽については
全然知らないから、近松門左衛門の作品もほとんどわからず……。
どんな話か聞かせてくれて良かった。せっかくなら副題に近松、あるいは
曽根崎心中も入れたら良かったのに。
読んでいって、がっつりとした納得感というのは特にないわけだが、
心中というのは、世の中に追い詰められた恋人たちが窮状のなかの選択ではなく、
恋の絶頂期にそれを永遠に美しく保つためにむしろ嬉々として選ぶ、
自己中心的な(だからこそ本人たちにとっては幸せな)かっこいい手段。
いいたいのはこういうことだろうと思った。
まあこれは心中全般ではなくて、恋愛死としての心中についてだけのことですね。
無理心中や後追い心中は自ずと違う部分があると思われる。
ところで、心中という文化は日本にしかないと一般的に言われているようだが、
「ロミオとジュリエット」は心中とはいえないもんかね?
恋愛の永遠というよりは追い詰められ系かなあ……
しかしあれを心中といえないのであれば、日本の心中のカテゴリーの中でも
当てはまらないものは数多いのではないか。
面白く読みました。
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