PR

◇ 池澤夏樹個人編集「世界文学全集 1-12 アルトゥーロの島/モンテ・フェルモの丘の家」

モランテ「アルトゥーロの島」

そうか。アルトゥーロはアーサーという意味なのか。
という納得から始まったので、大変にとっつきやすかった。
アルチュールであることは知ってたんだが。
アーサー王と自分を同一視するあたり、中二病やなあ。

実際この話は、かなりの部分を中二病が占める。
中二病の男の子の話を文学的に書いた作品といってもいい。

なので読みやすかったし、相当面白かったですね。時間はかかるけど。
訳も平易で読みやすい。

この話がどこまで行くのか、行方を相当楽しみにしていたんだけど、
実は終盤はあまり大したことなくて終わったのでした。
設定が設定だから、何らかのカタストロフィがあるのではないかと思ったのだが。
でもお父さんも継母も、カタストロフィというほど激しいものではなく。
この話だったら、もっと激しく状況が動いてもいいんじゃないかと思った。

まああんまり絶望的な話は読みたくないのだが、それにしても
ぬるっと終わってしまったかな。少し肩透かし。破局は来ない。

でも面白く読めた。かなり久々ですかねえ、文学系としては。

ギンスバーグ「モンテ・フェルモの丘の家」

書簡体小説。

多分この2つ、似たものとして考えてこのカップリングだと思う。
こっちは冒頭のつかみはちょっと乗りにくかった。

どっちも一人称で丁寧に語っていくというのは同じなんだけど、
こっちの方は一つ一つの手紙での情報量が少なくて全体が把握しにくい。
わたしはどっちかというと、「こんな話」ということを把握してから読みたいので
こういう形式はちょっとうざったい。

一番の違いは、「アルトゥーロ」の方が少年の話であるのに対して、
「モンテ・フェルモ」の方は倦怠した大人たちの作品である点だろう。
未来があるものとないもの。これからいくらでも変われる者と変われない者。

でも後半はかなり動きが出て、引き込まれて読んでいた。
人の境遇はいろいろ移り変わる。正直、誰だっけこの人?という人もたまにいたけど、
20人近く出て来たわりには把握出来ていた方なんじゃないだろうか。

同じ出来事がいろんな人が語られて錯綜するので、その分立体的になるというか。
本人の見方と他の人の見方が全く違う。物事の表と裏。

モランテもギンスバーグもイタリア女流作家らしい。
どちらもいい訳だった。ギンズバーグの方の訳は須賀敦子。

コメント