これ面白かったですねえ。おすすめですよ。
天衣無縫で闊達な筆を持つ藤森さんですが、これは特にそうだった。
何が面白いって思考がそのまま写し取られているところ。
ひらったくいえば思い付きをそのまま書いているところ。
建築史家として知識の蓄積は常人の及ぶところではないのだろうが、
それでもこういう風に書かれると専門家も一般人も、物の考え方……というよりは
思い付きが全てなんだなということがよくわかる。
面白かったのは、(わたしの雑な要約によると)
・洞窟住居の意外な明るさ。穴倉というよりバケツを横に倒したような。
さらに洞窟住居は思ったよりも見晴らしのいいところにある。眺望も大事だった。
・地面と密接に接することで建築は存在する。
(藤森さんは筋金入りの「縄文派」なので元々土から立ち上がったような建築が好き)
というわけでコルビュジエの「サヴォア邸」はだめ。
・日本の建築スタイルは時代ではなく用途によって変遷する。というか、変遷しない。
なので伊勢神宮の唯一神明造は伊勢を始めとする神社で脈々と受け継がれ、
城郭建築は城郭建築のスタイルを取り、数寄屋造りは茶室や住宅で作られ続ける。
一度成立した型はなかなか変化しないということ。
・原初の教会は集中式。始まりは洗礼堂ではないか。洗礼堂は多くが集中式。
のちのバシリカ形式への変遷は、教会の機能が礼拝堂の方を重視するようになるから。
・集中式の教会で大切なのはドーム。
・日本の寺院は横長なのに、キリスト教会はなぜ縦長か。
イエズス会大ヴァリニアーノいわく「横長は悪魔の形式」。
ベトナムとカンボジアの間に線があり、そこからインド側は仏教建築でも縦長、
中国側は横長。
・タイの仏教寺院も縦長。しかも涅槃仏を安置している寺院でも、その涅槃仏自体も
縦長設置で、頭を入口に向けている。
・宗教建築は縦長が基本で聖性の荘厳化という必然性もあるのに、中国文化の影響を
濃厚に受けた日本・韓国・ベトナムだけが横長の宗教施設を持つ。
これは中国土着の儒教、道教、先祖崇拝があり、それらは孔子、老子、先祖が
崇拝の対象。彼らは元々は人間で、神仏などの絶対者ではないので、住宅形が基本。
住宅は横長。なので宗教施設になっても横長。
・打ち放しコンクリートは戦後日本建築業界を象徴する。
そして林昌二による「コンクリート打ち放しは、コンクリートそのものの表現
といえるのでしょうか。あれは型枠の表現ではありませんか」という意見。
……と、まあここらへんで3分の1くらい。
本としては前半の方が面白いことを書いてあるので、面白いことはこの倍はある。
ちなみにこの本は藤森さんの思い付きノートという側面もあるので、
書いてあることが正解かどうかは、その後の研究を俟つ。
洞窟は暗い、身を隠す場所、こっそりと息をひそめて……と連想が働くが、
そういうものではなかった可能性もあるんだなあ。
たしかに眺望が利かなければ外敵に対する備えも出来ないことだし。
わたしも「サヴォア邸」のあの頼りなさはどうしたことかと思っていたのだが……
(かといって、藤森さんの設計のド土的建築も好きじゃないけれども)
ただあれはあれで設計理念がなんやらあって帰結した構造らしいので、
……って、この辺のことは中村好文さんあたりが簡単に書いてくれているのを
読んでる筈なんだけれども頭には残っていない。
そうそう。西洋建築では建物を解説する時に必ず出て来る「様式」という言葉も、
日本建築には出てこないのが不思議だったのよ。
西洋では脈々と作られ続けた教会建築がいわゆる基準線の役割を果たせるので
説明しやすかったのか?と思っていたが、うーん、たしかに全建物が時代によって
同じ様式の影響を受けるということはないかもしれない。
神社と寺には若干の形式の変遷が認められると思うけど。
藤森さんが言っていた唯一神明造や大社造、春日造は時代というよりは
地域の差かもしれないが、桃山様式は一応様式でいいんじゃないだろうか。
桃山様式はある程度インテリア全体に波及しましたよね。
でも思いつくのってそれくらい。
西洋建築の縦長は意識していたけど、日本の横長は意識してなかった。
……しかしいうほど横長ですかね?
横長っていえば、たしかに長方形で長辺が正面だから横長なんだけど。
でも「どしっと受け止めてくれるような横長の建築」だと意識したことはない。
門は横長だがなあ……。
寺として横長といってぱっと思いつくものは唐招提寺くらいしかない。
相当考えて浄瑠璃寺。三十三間堂は間違いなく横長だが、特殊。
平等院は横長。まあ回廊を合わせて考えて。
打ち放しコンクリートの話は長く、そして面白いのでぜひこれで1冊書いて頂きたい。
打ち放しコンクリート、わたしは嫌いなんだけどね。
きらいだからこそ敵を知っておきたいというか。
そして「コンクリートの表現か、型枠の表現か」という根本的な部分まで
建築家の人たちが気にしているとは思わなかった。
考えてくれていいんだけど、そっちばっかりを見ちゃうと現実の使い勝手が
無視される傾向があるというか……。コンセプトだけの現代建築はキライだ。
建築の解説本は数あるなかで、これはいわばブレインストーミング本という
珍しい本です。建築に興味のある人は読んで吉。
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